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特急「南風」は、岡山から瀬戸大橋を渡り、
多度津から土讃線に入る特急列車です。
特急「南風」が登場したのは
1972年(昭和47年)のダイヤ改正です。
この時は、瀬戸大橋を含む本四備讃線は
まだ開通しておらず、高松が始発駅でした。
1988年(昭和63年)に本四備讃線が開業すると
特急「南風」は岡山発着の土讃線への特急名となり、
高松発の土讃線特急は「いしづち」と改称されました。
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岡山 - 多度津
(Okayama - Tadotsu)
2009年7月25日、岡山発 10:05 の
特急「南風5号」で高知に向かいました。
特急「南風5号」は僅か3両編成でした。
この日は生憎の雨模様で、
窓ガラスにも雨粒が付いています。
岡山の市街地を抜けて、岡山市
南部の平野を走るようになりました。
広大な田圃が続く景色を眺めるうちに
宇野線と本四備讃線との接続駅の
茶屋町を過ぎ、20分程で児島に到着しました。
この児島を出ると、いよいよ瀬戸大橋です。
児島を発車して、トンネルに入り、
それを抜けると空に架かる瀬戸大橋から
瀬戸内海を見下ろしながら走りました。
海を渡る6つの長大橋と、橋台として利用している
小島にある4つの高架橋からなる瀬戸大橋。
高い位置に架かっているので、橋の上からの
瀬戸内海の島々の眺めは素晴らしいものがあります。
生憎の天気でも、瀬戸内海に浮かぶ
島々の様子に見惚れてしまいますが、
晴れた日は尚更です。
2003年5月に訪れた際は、幸い良く晴れていて
素晴らしい瀬戸内海の眺めを愉しみました。
先頭車両から眺める瀬戸大橋の眺めです。
橋の鉄骨がどこまでも続いていて
この機能美にも目を奪われました。
特急「南風」は10分程で、瀬戸大橋を渡り終えました。
岡山から瀬戸大橋を渡り終えるまでの区間は
快速「マリンライナー」と同じ路線を走りました。
快速「マリンライナー」の乗車記はこちらです。
瀬戸大橋を渡り終えると、高松へと向かう
線路と別れ、宇多津へと向かいます。
瀬戸大橋を渡り終えた宇多津の町の様子です。
遠くに、ゴールドタワーも見えていました。
宇多津を通過し、丸亀が四国で
最初の停車駅になります。
2003年5月、丸亀駅で行き違った
上りの特急「南風」と「いしづち」です。
丸亀を発車し、10:46 に多度津に到着しました。
この多度津は予讃線と土讃線との接続駅です。
特急「南風」はこの多度津から南に向きを変え
四国山地を縦断していきます。
多度津 - 阿波池田
多度津を発車し、予讃線の
線路と別れ南に進みます。
周囲には、讃岐平野独特の
三角形の山が見られます。
遠くに見えるおにぎり型の山は我拝師山でしょうか。
しばらく讃岐平野を走り、善通寺を過ぎると
車窓右手に象頭山が見えてきました。
象頭山を眺めるうちに高松と琴平を結ぶ
高松琴平電鉄・琴平線の線路を
オーバークロスしました。
金比羅山はいつも多くの観光客で
賑わっている事と思いますが、
この日の琴平駅はひっそりとしていました。
琴平を出ると、のどかな
景色の中を走るようになります。
地図で見ると空海が拓いた
満濃池のすぐ近くを通るようです。
特急「南風」は勾配を上っていきます。
次第に、周囲の景色が山深くなりました。
山間の讃岐財田駅を通過し、長いトンネルで
香川と徳島の県境に連なる山地を通り抜けます。
そのトンネルを抜けたところの
坪尻駅を通過しました。
山深い坪尻駅ですが、ホームには
列車を待つ人の姿も見られました。
この坪尻駅は急勾配の途中にある駅で、
スイッチバック構造になっています。
坪尻駅を過ぎ、次の箸蔵駅あたりで
特急「南風」は、四国山地を貫いて流れる
吉野川の雄大な峡谷を見下ろす位置に出ました。
この車窓風景は、気に入っている眺めの一つです。
規模こそ劣りますが、この景色を眺める度に
スイスのSpiezからアルプスの山々を横切り
Brigへ向かう路線のBrigの手前の
景色を思い出します。
今度は吉野川の対岸を西に向かい
しばらく走って阿波池田駅に到着しました。
阿波池田は、土讃線の列車と
吉野川に沿って徳島へ向かう
徳島線の列車が発着する要衝の駅です。
阿波池田 - 大歩危
吉野川沿いの要衝の地・阿波池田を発車し
特急「南風」は吉野川に沿って走って行きます。
阿波池田の手前では大河の流れだった吉野川も、
阿波池田からは深い峡谷を刻む様になり、
特急「南風」は、この深い谷に
沿って走って行きました。
阿波池田からの吉野川の峡谷の眺めは
特急「南風」の代表的な車窓風景の一つです。
吉野川は険しい四国山地を裂くように流れ
その両側には高い山が迫っています。
その頂付近まで、耕地が続いていました。
「耕して天に至る」という表現は、
まさにこの吉野川の峡谷を
指しているように思います。
吉野川の峡谷は益々険しくなっていきました。
谷からは水蒸気が湧き上がり幽遠な峡谷の景色です。
土讃線の線路と吉野川の間に道路が走っていて、
車窓の景観は台無しの所が多いのですが、
それでも、この峡谷の眺めは素晴らしいと思います。
祖谷口から祖谷川の支流を遡ったところには
日本三大秘境と呼ばれる祖谷渓があります。
いつも、この吉野川の峡谷の景色を眺める度に
祖谷渓に行ってみたいと思います。
長いトンネルを抜け、山間の
小歩危駅を通過しました。
ここから次の大歩危駅までの間は
大歩危・小歩危と呼ばれる峡谷です。
谷は益々深く、険しくなっていました。
河原には露出している岩は変成岩だそうで、
吉野川の濁流が岩を削るように流れていました。
これは2003年5月、晴れた時の
大歩危・小歩危の眺めです。
この峡谷の眺めを愉しみ、
11:40に大歩危駅に停車しました。
大歩危駅は特急「南風」の全列車が
停車していますが、山間の小駅でした。
大歩危 - 高知
大歩危駅からも引き続いて
吉野川の渓谷を遡っていきます。
大歩危の先の長いトンネルで
県境を越え高知県に入っています。
大歩危・小歩危峡よりも渓谷の
幅は広がっているようです。
吉野川に覆いかぶさるように迫っていた
両側の山もなだらかになっています。
その山襞に湧き上がる水蒸気の
眺めは水墨画の様でした。
山間の大田口駅で上りの
特急「南風」と行き違いをしました。
大田口からは吉野川の支流の穴山川に
沿って四国山地の山々に入っていきます。
谷が小さくなり、次々に
トンネルを通り抜けて行きました。
山深い繁藤駅を通過しました。
標高347mで、四国で一番標高の高い駅です。
この繁藤駅と次の新改駅の間が
分水嶺になっています。
いくつものトンネルを抜けて
分水嶺を越えると山の頂上に近い位置に
飛び出たような景色になりました。
分水嶺は高知県の海岸線から
僅か10km程の所に迫っています。
トンネルを抜けた所からは、遠くに
高知平野の水田も見えていました。
特急「南風」は右に左へとカーブを
切りながら勾配を下り、
高知平野へと向かって行きます。
平野に降り立った所が土佐山田駅です。
「南風5号」は大歩危からこの土佐山田まで、
44.8km 36分間無停車で走り通しました。
これは岡山から高知までの区間で、
最も停車駅間距離が離れている区間です。
土佐山田からは先ほど越えてきた
四国山地を眺める事が出来ました。
水蒸気が沸き立つ四国山地は
とても堂々とした山塊でした。
土佐山田から4.9km、わずか4分で
最後の停車駅・御免に到着しました。
この御免は、奈半利へと向かう
土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線との接続駅です。
やがて車窓右手に高知の街並みが見え、
終着駅の高知に到着しました。
12:28、岡山から2時間23分の旅でした。
久しぶりに訪れた高知駅でしたが、
新しいドーム式の高架駅に変わっていました。
駅全体を覆う大きな屋根はヨーロッパ調でした。