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Shane旅日記
鉄道旅行へのいざない

JR九州 筑豊本線
(若松 - 原田)
JR Chikuho Main Line
(Wakamatsu - Haruda)


撮影: 2010年9月

筑豊本線は、北九州市の若松を起点に、
鹿児島本線との接続駅・折尾から、線名にある
筑豊地域に入り、直方、飯塚を経て、再び
鹿児島本線と接続する原田に至る路線です。

営業キロは66.1kmです。
上記以外では、鹿児島本線と交差する折尾で、
鹿児島本線から筑豊本線への短絡線もあります。

かつては、筑豊地域で炭鉱への貨物支線がいくつも
ありましたが、今ではすべて廃止となりました。

広い駅構内に何本もの線路が敷かれ、
またディーゼル機関車の牽く客車列車が多く
走っていた筑豊本線にも近代的な電車が行き交っています。


思い出の鉄道写真館・旧国鉄筑豊地区各線の様子はこちらです。

JR筑豊本線は、1891年(明治24年)に 筑豊興業鉄道が
若松 - 直方間を開業させ、その歴史がスタートしています。

1893年(明治26年)には飯塚まで延長開業し、
その後、小まめに路線延長を繰り返しています。

1901年(明治34年)には長尾(現 桂川)、昭和に入り、
1928年(昭和3年)に筑前内野、翌1929年(昭和4年)に
原田(はるだ)まで開業し、現在の路線が完成しています。

このJR 筑豊本線をいくつかの区間に
分けて紹介しようと思います。

若松 - 折尾
Wakamatsu - Orio
Mar. 04, '16

折尾 - 直方
Orio - Noogata
Mar. 18, '16

直方 - 桂川
Noogata - Keisena
NEW ! June 28, '17

桂川 - 原田
Keisen - Haruda

折尾短絡線
Short Cut Line at Orio
Mar. 12, '16

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若松 - 折尾
(Wakamatsu - Orio)


撮影: 2010年9月

2010年9月、鹿児島本線の快速列車を折尾で下車し、
高架の鹿児島本線のホームから階段を下り、
地平の筑豊本線のホームに向かいました。

筑豊本線用の1番、2番線に並ぶ気動車です。


撮影: 2010年9月

2番線の若松行きに乗りました。
筑豊本線は2001年(平成13年)に折尾 - 桂川間が
電化されており、折尾 - 若松間が未電化のまま
取り残されてしまっています。

折尾から若松までは洞海湾に沿うルートで、1891年
(明治24年)に筑豊興業鉄道によって開業しています。

折尾駅で接続する鹿児島本線も同じく1891年
(明治24年)に九州鉄道によって開業しています。

開業当初の折尾駅は、別々の場所に置かれて
いたそうですが4年後の1895年(明治28年)に、
現在の位置に共同駅として開業しています。

2階が鹿児島本線、1階が筑豊本線のホームがあり
鹿児島本線の小倉方面から、筑豊本線の直方方面を
結ぶ短絡線が、1893年(明治26年)に造られています。

ちなみに短絡線上にホームが造られたのは、
100年以上経った1988年(昭和63年)の事でした。

筑豊本線の地平ホームから直方方向を眺めた様子です。


撮影: 2010年9月

筑豊本線は全線複線という事ですが、折尾駅の南で
単線となり、左からの複線の短絡線と合流していました。

折尾発 15:30 の列車で、若松に向かいました。


撮影: 2010年9月

折尾駅を発車し、進行左を眺めた様子です。
駐車場の向こうに高架の鹿児島本線が見えていました。

ちょっとした丘陵地を抜け、住宅地を走るようになりました。
本城駅を過ぎると、進行右手には小さな川が流れていました。


撮影: 2010年9月

この先で、運河の様な払川を渡りました。
洞海湾の対岸に聳える帆柱山が見えていました。


撮影: 2010年9月

払川を渡ると、右に大きくカーブし、上下線の
間隔が広がり二島駅に到着しました。

駅の南側に緑地帯があるのですが、以前は
貨物列車用の留置線があったのでしょうか。


撮影: 2010年9月

学校の下校時間になり、若松方面の
ホームには高校生の姿が見えています。

二島を出ると、筑豊本線の南側には
工場が建ち並ぶようになりました。

次の奥洞海駅停車中の様子です。


撮影: 2010年9月

この奥洞海駅は、ボートレース場の
最寄り駅として1962年(昭和37年)に開業した、
筑豊本線としては比較的新しい駅です。

奥洞海を発車し、工場地帯を走るようになりました。


撮影: 2010年9月

洞海湾沿いは、筑豊地区で産出される石炭を
活かした製鉄業が盛んでしたが、現在では、
自動車部品や材料系の工場が多いようです。

藤ノ木駅で工場地帯を抜けると、広い空き地が広がりました。
空き地の向こうに洞海湾を隔てて帆柱山が見えています。


撮影: 2010年9月

広い空き地は、かつての製鉄工場跡だったのでしょうか。
この空き地の車窓風景は、しばらく続きました。

その後、高層アパートが建ち込めてきました。


撮影: 2010年9月

このアパート群が見えてくると、列車は
スピードを落とし、若松に到着しました。

折尾から10.2km、19分の所要時間でした。


撮影: 2010年9月

若松駅は1面2線のホームでした。
かつては客車列車が発着したホームは長く
その真ん中に到着した2両編成の気動車が
ポツンと停まっていました。

1984年(昭和59年)に改築された若松駅の駅舎です。


撮影: 2010年9月

1960年頃までは、若松港からの石炭の積み出しが
行われ、若松駅は、石炭の取扱量日本一の駅でした。

駅の南側には、整備された空間が広がっていました。


撮影: 2010年9月

石炭積み出しを行っていた若松駅の操車場の跡地です。
当時の写真も掲げられていました。


撮影: 2010年9月

沢山の留置線があり、蒸気の煙がいくつも上がり、
また多くの貨物列車が停まっていて
往時の活気を感じます。

操車場跡の片隅には当時活躍していた
蒸気機関車も置かれていました。


撮影: 2010年9月

クンロクと呼ばれる9600型機関車です。
この若松で55年間も働き続けたそうです。

この若松操車場跡を抜けて、
洞海湾まで行くことが出来ました。


撮影: 2010年9月

小学校の時、日本の近代化の象徴として
教科書にも載っていた若戸大橋が見えました。

対岸の戸畑迄は僅か1km程です。
若戸大橋を通るバスもあるようですが、
筑豊本線の列車で、再び折尾まで戻る事にしました。

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折尾 - 直方
(Orio - Noogata)


撮影: 2010年12月

2010年9月、筑豊電気鉄道に乗って直方を
訪れた後、筑豊本線で折尾に向かいました。

筑豊電気鉄道の乗車記はこちらです。

筑豊直方駅から10分程歩いて辿り着いた直方駅です。


撮影: 2010年9月

2011年に新しい駅舎が完成しています。
2010年9月に訪れた際は、丁度工事の最中でした。

国鉄時代は筑豊本線の列車の運行本数は少なく1985年(昭和60年)の
時刻表を見ると、折尾方面の列車は1時間に1〜2本でした。
しかも、運転間隔はバラバラで利用しにくいダイヤでした。
今では1時間3本で、日中の発車時間は毎時一定です。

JR化後に運転本数も増え、新しい車両も投入され、
直方駅の利用客は増加しているようです。

ホームに停車中の10:40 発の折尾行普通列車です。


撮影: 2010年9月

JR九州の817系という近郊型電車です。
若松 - 折尾間は未電化の筑豊本線ですが、
折尾から直方を通り、篠栗線が分岐する
桂川まで電化されています。

817系の車内の様子です。


撮影: 2010年9月

ドアとドアの間を大きな一枚窓があり
とても斬新なデザインです。

2010年9月に乗車した際は、曇り空で、
遮光ガラスを通しての車窓風景の様子は
あまりパッとしたものではありませんでした。

この2ヶ月後に黒崎行きの列車に乗車した際には
晴れで、車窓風景もクリアーでしたので、
その際の様子を紹介します。

かつては石炭列車が行き来していた直方駅の構内は広く、
今でもその名残で、いくつも発着番線があります。

直方を発車してすぐに下り電車とすれ違いました。


撮影: 2010年12月

いくつもあった線路が次第に集約されていく
姿を眺めるうちに、次の新入駅に停まり、
直方の市街地から郊外の景色となると
筑前植木駅に到着しました。


撮影: 2010年12月

上下線が広く離れています。
かつては上下線の間に、石炭列車の
留置線があった事でしょう。

筑前植木を発車した直後に、
山陽新幹線の高架橋をくぐりました。


撮影: 2010年12月

山陽新幹線の小倉 - 博多間は営業キロで67.2km、
実キロでも55.9kmあり、途中駅を造っても
おかしくない駅間距離です。

この筑前植木に新幹線の駅が出来れば、
筑豊の人にとっては便利な事と思いますが、
それだけの需要はないのでしょうか。

周囲には広大な田圃が広がっていました。


撮影: 2010年12月

田圃の向こうに筑豊の山々が見えています。
この景色を眺めるうち、鞍手を過ぎ、
筑前垣生に到着しました。


撮影: 2010年12月

筑豊本線は、上下線の間隔が広く、その広い
上下線の間に相対式のホームが作られています。

この筑前垣生を発車すると遠賀川を渡りました。


撮影: 2010年12月

水量豊富な川で、滔々と流れています。
遠賀川を渡り終え、左に曲がると中間です。


撮影: 2010年12月

かつては、香月に至る香月線との接続駅でした。

香月線は1985年(昭和60年)に廃止されています。
当時、運転本数も少なく、香月線の高架橋が
地盤沈下で、道路の交通を妨げていた事もあり、
廃止促進運動が展開されていたそうです。

中間駅の構内に、線路が輻輳する様子が、
わずかに香月線の名残と思える程度でした。

中間からは折尾に向け、ほぼ北進します。


撮影: 2010年12月

写真で見るように、複線の線路と
線路の幅が広くなっています。
往時は、中間と折尾の間は複々線でした。

この上下線の間隔が更に広がると東水巻です。


撮影: 2010年9月

1988年(昭和63年)に開設された新しい駅で、
以前は東側に鉱山、西側に石炭積出し用の
ヤードが広がっていたようです。

線路の間隔が広がった折尾方面の
ホームの幅はとても広くなっていました。


撮影: 2010年12月

東水巻を発車すると、隣に築堤が現れ、
古いレンガの橋台の間を通り過ぎました。


撮影: 2010年12月

これは紛れもなく廃線跡です。

これは中間方面からは方向別だった複々線が
折尾側で、筑豊本線と黒崎に向かう短絡線との
線路別複々線とする為に、筑豊本線の上り線が、
短絡線の下り線をオーバークロスしていた痕跡です。

黒崎方面への短絡線の乗車記はこちらです。

東水巻 - 折尾間の様子です。


撮影: 2010年12月

往時は、現在走っているの複線の線路が短絡線で、
崖との間、雑草が生えている所に若松へと向かう
筑豊本線の複線の線路があった筈です。

丘陵地を抜け、折尾に近づいて来ました。


撮影: 2010年12月

複線の線路の左手に空き地があり、
折尾駅手前で単線の線路が分岐していきます。


撮影: 2010年9月

現在でも直方方面からの電車は折尾行きあるいは
若松行の列車の本数が多くなっているのですが、
短絡線の方がメインルートの様になっているのは
一時期、寝台特急「あかつき」などの優等列車が
小倉方面から直方へと直通していた為でしょうか。

2010年9月に直方から乗車した列車は折尾行で、
折尾駅の地平ホームに到着しました。


撮影: 2010年12月

折尾駅に到着した817系電車です。


撮影: 2010年12月

近い将来折尾駅付近の連続高架化が完成すると
この光景も古き良き思い出となる事でしょう。

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直方 - 桂川
(Noogata - Keisen)


撮影: 2010年12月

2010年12月、博多に出張の機会があり、
その際に筑豊本線の列車に乗車しました。

手元に記録は残っていないのですが、多分
博多発 13:03 の快速だったと思います。

篠栗線の乗車記はこちらです。


撮影: 2010年12月

篠栗線からの快速列車は筑豊本線に乗り入れました。
篠栗からの山間の景色から、桂川を発車すると、
住宅地の点在する景色の中を走りました。

丘陵地の脇の天道駅を通過しました。


撮影: 2010年12月

車窓には小高い山も見えていますが、この山は、
昔石炭を採掘していた際のボタ山の跡と思います。


撮影: 2010年12月

石炭として売れない捨石をうず高く積もっていた山で、
当時は黒い色をしていたので、一目で判ったのですが、
今は木も生え、見分けがつかなくなっています。

しばらく走り、飯塚に到着しました。


撮影: 2010年12月

以前は、上山田線との接続駅でしたが、
上山田線は1988年9月1日に廃止となり、
飯塚駅は単なる通過駅になってしまいました。

往時は、石炭列車も多く運行されていましたが、
今は、駅の東側の広い空き地にその様子を
わずかに偲ぶばかりです。

思い出の鉄道写真館・旧国鉄筑豊地区各線の様子はこちらです。


撮影: 2010年12月

飯塚からは複線となって直方を目指します。


撮影: 2010年12月

遠賀川を渡り、住宅地の間から後藤寺線の
線路が合流すると新飯塚に到着しました。


撮影: 2010年12月

飯塚市の中心駅は一つ手前の飯塚駅ですが、
市役所は1964年に新飯塚駅近くに移転し、
駅の西には市街地も形成されているようです。


撮影: 2010年12月

一日の平均乗客数も4,000人を超え、飯塚駅の
約4倍、筑豊本線線内でも、直方駅に次いで
2番目に乗客数の多い駅になっています。

新飯塚を発車するとのどかな景色が広がりました。
遠くに見える山は福智山でしょうか。


撮影: 2010年12月

新飯塚からは遠賀川のつくる平野を走っていきました。
浦田、鯰田と停車し、小竹駅に到着しました。

島式のホームに橋上駅舎という近代的な
駅の様子ですが、この駅も昭和の時代には
炭鉱路線の一つだった幸袋線の接続駅でした。


撮影: 2010年12月

幸袋線は1969年に廃止となっていて、
乗車する機会はありませんでした。

この時も、幸袋線の面影も残っていないな、と思って
いたのですが、撮った写真をよく見直してみると、
小竹駅の手前で、筑豊本線に並走する幸袋線の
古いレールが残っていました。
上左の写真です。

小竹を出ると遠賀川に沿って走りますが、
車窓左手に田圃が広がる景色となりました。


撮影: 2010年12月

この景色を眺めていると「原田行」の
行先表示を掲げた気動車とすれ違いました。


撮影: 2010年12月

未電化の桂川 - 原田間を走る列車です。
車両基地のある直方から桂川まで回送列車として
走り、桂川発 14:26 の原田行になるようです。

この先で、右手から複線の線路がより沿ってきました。
平成筑豊鉄道伊田線の線路です。

平成筑豊鉄道のページはこちらです。


撮影: 2010年12月

広い操車場の跡地を走りますが、その後、
複々線のようになって直方駅に向かいます。


撮影: 2010年12月

筑豊本線も平成筑豊鉄道も、列車の運行頻度は
一時間に2〜3本ですが、長編成の石炭列車が
行きかった当時の様子を少しばかり
髣髴とさせてくれる眺めでした。

こうして、桂川から25分、博多から
54分で直方に到着しました。


撮影: 2010年12月

2010年12月当時は、博多発の筑豊本線の快速列車は
大多数が黒崎や門司港行の直通運転でしたが、
2017年のダイヤでは、日中の列車は
直方で乗り換えになっています。


撮影: 2010年12月

乗車した列車も1分程の停車で、
黒崎を目指して発車していきました。

筑豊本線の直方 - 折尾間の乗車記はこちらです。

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折尾短絡線
(Short Cut Line at Orio)


撮影: 2010年9月 & 11月

折尾駅で直交する鹿児島本線と筑豊本線の間には
鹿児島本線黒崎駅方面と筑豊本線中間駅方面とを
結ぶ短絡線が1893年(明治26年)に造られています。

この短絡線と二つの路線の交差駅と
なっている折尾駅の様子を紹介します。

2010年9月、筑豊本線の折尾 - 若松間に乗車し、
折尾駅に戻ってきた際の様子です。


撮影: 2010年9月

地平の筑豊本線のホームです。
若松側で、鹿児島本線をアンダークロスしています。


撮影: 2010年9月

筑豊本線のホームから折れ曲がった通路を通り、
階段を上って鹿児島本線上り線のホームに出ました。


撮影: 2010年9月

鹿児島本線のホームは2面3線で、下り線が相対式、
上り線が1面2線の待避可能な構造になっています。

2010年9月、九州新幹線の全通前で、「ソニック」に
加えて「有明」も頻繁に姿を現し、華やかでした。

鹿児島本線の上り線ホームからは筑豊本線の
若松側の線路を見えています。


撮影: 2010年9月

若松行の2両編成の気動車が走っていきました。

鹿児島本線のホームの小倉寄りの端は
東口への階段に繋がる通路になっています。


撮影: 2010年9月

東口にあった折尾駅の駅舎です。
この駅舎が竣工したのは1916年(大正5年)でした。


撮影: 2010年9月

門司港駅の駅舎の様な瀟洒な建物でしたが
折尾駅の連続高架化工事の為に
2012年に解体されてしまいました。

門司港駅の様子はこちらです。

その折尾駅の連続高架化工事の内容です。


撮影: 2010年9月

上の写真の赤い部分が高架化される新路線です。
地平を走る筑豊本線、短絡線を高架化させ、
鹿児島本線のホームの横に移設するものです。

2010年9月に訪れた際は、まだ本格的な
工事は始まっておらず、東口から短絡線の
ホームのある鷹見口へと向かってみました。


撮影: 2010年9月

連続立体化工事の案内板の前を通り、
国鉄時代の事務所の様な建物に
鷹見口がありました。


撮影: 2010年9月

同じ折尾駅でも、鹿児島本線や筑豊本線の
ホームからは、一旦改札を出て、再び
ここで改札を抜ける事になります。

2010年9月には短絡線に乗る機会は無かったのですが、
僅か2か月後にその機会が訪れました。

この時は、直方方面から黒崎行きの列車に乗車しました。
折尾の一駅南の東水巻駅に停車中の様子です。


撮影: 2010年12月

この東水巻から北上していきました。
この区間の筑豊本線は複線電化されています。

折尾に近づくと、渡り線が現れ、
複線の左側に線路が分岐していきました。


撮影: 2010年9月

この分岐する単線の線路が若松までの路線です。
開業当時は、こちらががメインルートだった筈ですが、
複線電化の短絡線と比べると見劣りします。

右に大きくカーブを切り、短絡線上の折尾駅に到着しました。


撮影: 2010年12月

1988年(昭和63年)に設置されたホームの幅は狭く
未だに仮設ホームの様でした。

折尾駅の短絡線ホームを発車すると、
意外にも短絡線は単線になりました。


撮影: 2010年12月

並走する鹿児島本線との間に空き地が広がっていて
折尾駅高架化工事の準備の用地確保<する為に
単線になっている様に思えます。

この後、鹿児島本線と並走して行きます。


撮影: 2010年12月

元来、複線の短絡線ですが、
進行右側の線路は使用されていません。


撮影: 2010年12月

進行方向遠くに、鹿児島本線の
特急「有明」が走っていました。

この先で、陣原駅に到着しました。
陣原駅の手前で、短絡線は複線に戻っていました。


撮影: 2010年12月

陣原からもしばらく、短絡線は鹿児島本線と並走します。

黒崎が近づくと、鹿児島本線の南側を走っていた短絡線は
鹿児島本線をアンダークロスし、北側に移っていきます。


撮影: 2010年12月

短絡線の下り線は、ここで2本に分かれており
鹿児島本線の下り線から短絡線の折尾方面に
スムーズに乗り入れられるようになっています。

以前、鹿児島本線から筑豊本線に乗り入れる優等列車は
いくつか運行されており、新大阪発の「あかつき」が
筑豊本線経由で運行されていた事もありました。

鹿児島線の北側を走り,黒崎に到着しました。


撮影: 2010年12月

黒崎に到着した筑豊本線の電車です。


撮影: 2010年12月

短絡線ろ筑豊本線の折尾 - 桂川間は電化されている為、
黒崎に乗り入れる列車は、電車で運行されています。

黒崎駅前からは筑豊直方まで
筑豊電気鉄道の路線もあります。

筑豊電気鉄道の乗車記はこちらです。

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