立山黒部アルペンルートは立山からケーブルに乗り、
美女平へ向かい、そこからバスとトロリーバス、ロープウェーや
ケーブルカーを乗り継いで室堂、黒部ダムを通り、
信濃大町に抜けるルート人気の高い観光ルートです。
このルートはは20年前に一度、
富山から途中の黒部ダムまでしか
行った事がありませんでした。
2008年10月にアルペンルートを再訪し、
立山から扇沢に抜けました。
この時は幸いにも天気に恵まれ
立山連峰の素晴らしい紅葉も
眺める事が出来ました。
この時の様子を紹介します。
(Midagahara) July 01, '10 |
(View Point of Tateyama Caldera) Jun. 27, '10 |
(Murodou) July 10, '10 |
(Daikanbou View Point) July 15, '10 |
(Kurobe Daira View Point) July 21, '10 |
(Lake Kurobe) NEW ! July 30, '10 |
2010年10月に、この散策路を歩いてみました。
散策路は弥陀ヶ原ホテルの
脇から続いています。
ホテルの西側に、緩やかな傾斜の湿原が広がり
散策用の木橋が続いていました。
麓の立山駅を夜明けとともに
出かけてきたのでまだ朝早い時間です。
よく晴れた清々しい空気に包まれて
大日岳が手に取るように眺められました。
大日岳の標高は2501m。
立山連峰の前衛の位置にある山です。
木道の遥か向こうには、遠く
大辻山(1361m)の頂が見えていました。
この険しい山が、今立っている場所から
600mも低い位置にあるのが不思議な気がします。
富山平野に浮かぶ雲海もとても綺麗でした。
左手には鍬崎山(2089m)が見えてきました。
弥陀ヶ原から鍬崎山まで、なだらかな
高原が続いているように見えますが、
この間には、巨大な陥没地形の
立山カルデラがあります。
振り返って弥陀ヶ原ホテルを眺めた様子です。
朝陽が差し込んで、逆光の中に霞んでいます。
雄大な景色の中を歩いていきます。
しばらく歩いても周囲の景色はなかなか変化しません。
次第に木橋の周囲に「餓鬼の田」が現れてきました。
「餓鬼の田」は、地塘と呼ばれる泥炭層に出来る池沼です。
この弥陀ヶ原では、餓鬼(死者)が田植えをしたという
伝説があるそうです。
池には草木が生え、田んぼのようにも見えます。
「餓鬼の田」を過ぎると、草原の中の
三叉路に突き当たりました。
この三叉路から右に分かれた道が
大日岳の方向に続いています。
この道を行くと、称名川の作る一の谷に下り、
役の行者窟や獅子ヶ鼻岩を過ぎ、
天狗平へと行くことが出来ます。
この道を辿ってみたくなりましたが
それ程、時間の余裕もないので、左に折れ、
弥陀ヶ原のバス停に戻ることにしました。
左に進むと、小さな谷を越えていきます。
熊笹で埋められた谷に、所々針葉樹があり、
その向こうに弥陀ヶ原ホテルと
天狗山が見えていました。
その小さな谷越しに眺めた大日岳です。
白樺の木々も綺麗です。
弥陀ヶ原のバス停に戻る道は
時折木々の間を抜ける坂道でした。
赤く紅葉した落ち葉が綺麗でした。
ふと空を見上げると、秋の筋雲が
針葉樹の上にかかっていました。
弥陀ヶ原の南に聳える
鍬崎山の景色が開けてきました。
立山高原バスが走って来るのが見えました。
弥陀ヶ原のバス停ももうすぐです。
この弥陀ヶ原散策道はしっかりと整備され、
高低差もあまりなく、歩きやすい道でした。
2.0kmあまりを約1時間半で巡ってきたと思います。
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立山高原バスの弥陀ヶ原停留所から道路を渡り、
国民宿舎・立山荘へと向かいました。
道路を渡り、弥陀ヶ原バス停を振り返ると
奥大日岳が輝くように聳えていました。
道路を渡った所の国民宿舎・立山荘から
左に折れて山道に入っていきました。
立山荘の前から西を眺めた様子です。
眼下に富山平野の上の雲海と
大辻山の切り立った山容が見えています。
立山荘の左手からの山道です。
道の脇に熊笹が生い茂り
周囲には針葉樹の木々が生えています。
透き通った空気が爽やかでした。
多くの人たちと行きかい、山道を登ると
急に視界が開けてきました。
これが立山カルデラです。
足元が断崖絶壁になっていて、
窪んだ地形が一望に出来ました。
写真左、遠くに見えるのは鍬崎山でしょうか。
この巨大なくぼ地から流れ出た水の流れが
常願寺川へと続いていきます。
平地のように見えているのが
多枝原谷でしょうか。
1858年(安政5年)に起きた安政飛濃地震で
立山カルデラを囲む大鳶山と小鳶山が崩壊し、
大量の土砂がカルデラ内に堆積したそうです。
豪雨によってこの土砂が常願寺川に押し寄せ、
洪水被害が多発したため、この土砂を取り除く
砂防工事が続けられています。
堆積した土砂の量は、富山平野を
2m程の高さで覆ってしまう程だそうです。
展望台には立山カルデラを囲んでいる
山々のイラスト図がありました。
その山々の眺めです。
写真正面やや右の頂が鷲岳(2017m)、
その右手の頂が蔦岳(2016m)です。
蔦岳から右に伸びる稜線の辺りに安政飛濃地震で
崩壊した大蔦山と小蔦山があったようです。
鷲岳の左手は鞍部を挟んで獅子岳(2714m)が聳え、
鬼岳(2750m)、竜王岳(2872m)へと
立山連峰の山々が続いています。
この鞍部がザラ峠です。
戦国末期に越中を治め、秀吉に反発していた佐々成政は、
小牧長久手の戦いで、家康と秀吉が結ぶと窮地に陥り、
1584年(天正12年)の冬に、この峠を越えて
浜松の家康の下に駆け込み直訴しています。
この険しい北アルプスを、十分な装備もなかった当時に
しかも、厳冬期に横断した事は考えられない事ですが、
そうした歴史的な事も、この立山カルデラの
雄大な景色を前にすると色褪せてしまいそうです。
東に聳える立山連峰の山々が
逆光の中、聳えていました。
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2008年秋にこの室堂を訪れた際に、
ミクリガ池を巡る一周2.1km程の
散策路を巡ってきました。
その時の様子を紹介します。
ターミナルの目の前の小高い丘に登ると、
雄山や西側の奥大日岳の様子が
手に取るように見えてきました。
岩がゴロゴロとして荒涼とした光景です。
この室堂が火山で出来た為でしょうか。
そして、目の前にミクリガ池越しに
真砂岳(2861m)から別岳(2874m)が
聳えていました。
ミクリガ池の青い色が綺麗でした。
このミクリガ池の周囲を時計回りに
回って見ることにしました。
ミクリガ池の周囲を西に回ると
池の向こうに雄山(3003m)から大汝山(3015m)、
富士ノ折立(2999m)そして真砂岳(2861m)へと
立山連峰の主峰が連なる眺めが一望の下でした。
西に目をやると、草原の向こうに
奥大日岳(2606m)が聳えていました。
秋の空は高く、澄み切った空気の中
とても雄大な光景でした。
再び、ミクリガ池と雄山です。
ミクリガ池の正面にその姿が
見えるようになってきました。
行く手には、みくりが池温泉が見えてきました。
みくりが池温泉の向こうには、
剣岳が少し顔をのぞかせていました。
この室堂では、多くの観光客が
散策路を歩いていました。
先ほどよりも低い位置から
雄山を眺めることが出来ました。
ここは多くの人が居たので、
順番待ちをしてこの写真を撮りました。
そしてみくりが池温泉に到着です。
ここからは奥大日岳の裾野から続く
鞍部の向こうに富山平野が広がり、
その上に雲海が広がっていました。
そして、奥大日岳の手前には深く
谷が切れ込んでいます。
草木が生えていない荒涼とした谷は
地獄谷と呼ばれ、今でも火山性ガスが
噴出しているそうです。
この、みくりが池温泉を過ぎると
右手にミドリガ池方面への
散策路が分かれていきました。
この散策路は後ほど歩いたのですが、
まずは直進してエンマ台展望台へと向かいました。
エンマ台展望台からも地獄谷を
眺める事が出来ました。
活発な火山活動を目の辺りに
するような迫力ある眺めです。
所々、黄色い硫黄の色も見えていました。
エンマ台展望台から眺める立山・雄山の勇姿です。
手前にカールした窪地が血の池で
その向こうに雄山、大汝山そして富士ノ折立から
真砂岳へと続く、屏風のような山の姿が
くっきりと眺められました。
更に進むと、右下にリンドウ池や
雷鳥荘が見えてきました。
散策路はこの先、急勾配を下って
雷鳥荘に至りますが、室堂から更に
アルペンルートを進まないといけないので
ここで引き返しました。
みくりが池温泉の手前から
左手の散策路を進みました。
この散策路はミクリガ池とミドリガ池の
間を抜けて立山室堂山荘に至ります。
右手にミクリガ池が見え、その向こうに
室堂のターミナルが見えてきました。
しばらく歩くと、左手下に血の池が見えてきます。
行く手には雄山から真砂岳へと至る
立山連峰の雄大な姿が見えています。
雄山の姿は、この周辺を歩いていると
どこからでも目にする事が出来ます。
その姿に魅せられ、つい、カメラを向けて
何枚も写真を撮ってしまいました。
再び左手のミクリガ池の様子です。
ミクリガ池の東の端に近づいていて、
先ほ近くに見えていた室堂たーミナルが
遠くになっています。
右手にはミドリガ池が見えてきました。
ミドリガ池越しに眺める雄山です。
この時の室堂の気温は5℃程度だったと思います。
空気は冷たかったのですが、いい天気に恵まれ
素晴らしい散策を楽しみことが出来ました。
行く手に聳える浄土山(2831m)です。
この辺りまで来ると、
雄山が間近に聳えていました。
立山室堂山荘から撮った写真だと思いますが、
ここからの雄山はとても迫力のある眺めでした。
この記事を書く際に調べていて知ったのですが
当時の小屋は改修されているものの
立山室堂山荘の脇に現存し、
重要文化財に指定されているそうです。
立山室堂山荘から西の方角を眺めた様子です。
には奥大日岳とミクリガ池の様子も
雄大な景色でした。
立山室堂山荘でしばらく休憩した後に、
室堂ターミナルへと向かいました。
振り返って眺める雄山と
立山室堂山荘の様子です。
室堂ターミナルからはこの先、
立山トンネルトロリーバスに乗って
後立山連峰の絶景が眺められる
大観峰に向かったのですが、
そのトンネルは、雄山の真下を
通っているそうです。
ミクリガ池の南の縁に差し掛かりました。
ミクリガ池の青い湖面の向こうに
奥大日岳と真砂岳の姿が見えていました。
室堂ターミナルに近づくと立派なケルンがありました。
残念ながら雷鳥の姿は見かける事は
出来なかったのですが
室堂周辺の散策はとても雄大な
景色を楽しむ事が出来ました。
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立山トンネルトロリーバスで大観峰に到着し、
屋外に出ると、この展望デッキがありました。
鉢ノ木岳の麓に黒部湖が見えています。
黒部川の峡谷が二つの山脈の間に
いかに深く切れこんでいるかが判ります。
そして、その向こうに連なる後立山連峰の山々。
連なった山々の姿は神々しい感じさえしました。
大観峰から黒部湖に続くスロープは
丁度、下草が紅葉していました。
展望台の後ろは、険しい崖になっていて
岩肌が剥き出しとなっていました。
この山塊が雄山へと続いています。
展望台の左手には、崖の向こうに
均整のとれた鹿島槍ヶ岳(2889m)の
姿が見えていました。
素晴らしい景色を眺めていると、
目の前をロープウェーが横切って行きました。
標高2316mの大観峰と、標高1828mの
黒部平を結ぶ立山ロープウェーです。
黒部湖を背景に望遠を利かせて写した
ロープウェーの写真がこの大観峰のから
眺めの雄大さを伝えているように思います。
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屏風のように聳える峰の一番右が
富士の折立(2999m)、その左側の峰が
立山連峰の最高峰・大汝山(3015m)です。
山の中腹には大観峰駅も見えていて
そこから黒部平まで、ロープウェーの
ロープが続いているのも眺める事が出来ます。
この景色も素晴らしく、何度も
シャッターを切っていました。
その反対側には、赤沢岳(2678m)の麓に
黒部ダムがわずかに見えていました。
黒部平の紅葉も綺麗でした。
南側は、右奥から赤牛岳(2864m)、
水晶岳(2986m)そして三ッ岳(2845m)へと
続く山々が見えていました。
地図で照らし合わせると、
V字谷の上のコブのような山が
水晶岳(2986m)と思います。
そして北側遠くに見える
鹿島槍ヶ岳(2889m)です。
傾きかけた日差しを浴びて輝くような
鹿島槍ヶ岳を望む事が出来ました。
立山連峰と後立山連峰の山々を
一望出来るこの黒部平も
素晴らしい景勝の地でした。
黒部平からは黒部ケーブルに乗って
いよいよ黒部湖へと向かいます。
「ガルベ」号乗り場へと続く小路の様子です。
しばらく歩いて振り返ると、
黒部ダムが見えてきました。
険しい岩山に挟まれた急峻な谷あいに
ダムが築かれているのがわかります。
険しい山間に平均標高1448mの
黒部湖が見えています
丁度「ガルベ」号が戻ってくるところでした。
左の険しい山はスバリ岳(2752m)でしょうか。
黒部湖駅から10分程歩くと
遊覧船「ガルベ」号の乗り場です。
水位が下がっている為なのでしょうか
「ガルベ」号がかなり下に見えています。
「ガルベ」は黒部を表すアイヌ語だそうです。
この船は2000年(平成12年)に
新造されたものだそうです。
この「ガルベ」号に乗って
黒部湖の遊覧を楽しんで来ました。
岸を離れるとすぐにガンバ谷に
架かる釣り橋が見えてきました。
「カルベ」号乗り場までの道は
「ロッジくろよん」まで続いていて、
黒部湖駅から2km弱、約1時間の散策です。
黒部湖の中程へと進み南に方向を変えると、
湖面から黒部ダムが見えてきました。
「カルベ」号の水しぶきの向こうに
見える黒部ダムも雄大な眺めでした。
黒部ダムから南に進路をとりました。
進行方向右手後ろに立山連峰が見えてきました。
山腹に白く光るのは立山ロープウェーの
大観峰駅の駅舎です。
上の写真左の山は赤沢岳(2677m)、
右の写真はスバリ岳(2752m)でしょうか。
二つの3000m級の山脈に挟まれ
空が狭くなっているように感じます。
「ガルベ」号が南に進むうちに
湖に伸びる岬に隠れて
黒部ダムの姿が見えなくなりました。
そして、立山連峰と黒部湖畔の紅葉です。
「ガルベ」号の遊覧時間は30分程です。
片道15分かけて黒部湖の南端近くに
たどり着くと、向きを変えました。
黒部湖の南端からは赤牛岳(2864m)が
谷間の向こうに傾きかけた
日差しを浴びていました。
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