いすみ鉄道
Isumi Railway







いすみ鉄道は、房総半島のほぼ中央部に位置する
小湊鐡道との接続駅の上総中野から、太平洋岸の
大原を結ぶ26.8kmの路線を運営しています。

元々は1934年(昭和9年)に開業した旧国鉄木原線で、
1988年(昭和63年)に第三セクターの
いすみ鉄道に転換しています。


起点はJR外房線との接続駅・大原で、
房総半島の山間を西に進み、小湊鐡道との
接続駅・上総中野に至ります。




上総中野で接続する小湊鐡道と合わせると
房総半島を横断する鉄道網が形成されますが
残念ながら直通列車は運行されていません。

小湊鐡道の乗車記はこちらです。


いすみ鉄道も乗客数の減少に悩み、2006年には
地元自治体を中心に「いすみ鉄道再生会議」が結成され
その名称とは異なり,2009年度での収支決算に改善が
認められなければ、廃止という状況に陥ります。

しかし、2009年に公募により就任した現・鳥塚社長の
施策により、2010年に存続の決定がなされています。

存続決定時のいすみ鉄道・鳥塚社長の
メッセージはこちらです。

このいすみ鉄道には1991年3月に乗車しています。
その後、2009年11月に、改めて全線を乗車したので
その際の様子を紹介します。




上総中野 - 大多喜
(Kazusa Ushiku - Ootaki)


2009年11月3日、小湊鐡道に乗車し、
五井から上総中野にやってきました。

小湊鐡道の乗車記はこちらです。

上総中野に到着したのが10:30。
13分の待ち合わせで、いすみ鉄道の
大原行きに乗り換えました。



しばらくすると、大原からの列車が到着しました。
いすみ鉄道の車両は、黄色に緑の帯を巻いた
菜の花をイメージさせる塗色でした。

上総中野駅に並んだ小湊鐡道と
いすみ鉄道のディーゼル列車です。



小湊鐡道で上総中野まで来た乗客の多くが
いすみ鉄道に乗り換えていました。

上総中野 10:43 発、大原行きの車内の様子です。



空席も目につきますが、そこそこの乗車率です。

このいすみ鉄道でも、車両の最後尾に立ち、
去りゆく景色を眺める事にしました。

上総中野駅を発車した直後の様子です。



小湊鐡道のディーゼルカーが駅に残され、
惜別の思いを募らせての発車となりました。

上総中野からも、小湊鐡道の車窓風景と同じく、
のどかな景色が広がっていました。



いすみ鉄道は、房総半島の中央部から太平洋に
流れ出る夷隅川に沿って線路が敷かれています。

丘陵地の間に田圃が広がる景色の中を走り、
次の西畑駅に到着しました。



一面一線の簡素な構造の駅です。
一日の乗車人員は14人だそうです。

西畑からは里山の景色となりました。



雑木林を抜け、農家の脇を走ります。
心和む、どこにでもあるような景色ですが、
こうした景色もなかなか見る事が出来なくなっています。



二つ目の総元駅に到着しました。



以前は行き違いの設備もあったようですが
この駅も一面一線の構造です。

総元駅を発車して、夷隅川を渡りました。



地図で見ると、このあたりで
夷隅川は大きく蛇行しています。

3つ目の停車駅、久我原駅の様子です。



2009年に近くにある三育学院大学が
命名権を得て、駅名版にも
その名が記されています。

車窓風景は相変わらずのどかな光景です。



次第に平地が広がるようになりました。

東総元、小谷松と停車し、しばらく走ると
再び夷隅川を渡りました。



深く抉れた夷隅川の流れの向こうに
大多喜城の模擬天守が見えていました。

大多喜城の登城記はこちらです。



列車はスピードを緩め、大多喜駅に到着しました。



いくつも線路が分かれます。
大多喜駅は、いすみ鉄道の本社も隣接する中心駅です。
2010年時点での、1日の乗車人員は339です。



大多喜駅に到着した大原行きの列車です。
この大多喜で下り上総中野行と行き違いです。



こちらは上総中野行の列車です。
この大多喜で一旦下車し、先ほど車窓から
眺めた大多喜城址と大多喜の町に向かいました。

大多喜城の登城記はこちらです。
大多喜の町の散策記はこちらです。

大多喜駅の駅名標です。



どことなく古風な趣でした。




大多喜 - 大原
(Ootaki - Ohara)


大多喜城と城下町を散策し、
大多喜駅に戻りました。

大多喜城の登城記は
こちらです。
大多喜の町の散策記はこちらです。

14:23発の大原行きに乗車しました。



大多喜では、3時間程の滞在です。

大原に向かう列車では
運転席の横に立つ事にしました。



上総中野行の列車と行き違いをして、
大多喜を定時に発車しました。


大多喜の町を抜け、夷隅川を渡りました。



大多喜の町は蛇行する夷隅川に囲まれ、
城下町として発達しています。
大多喜の母なる川と思います。

夷隅川を渡ると一面の田圃となり、
城見ヶ丘駅に到着しました。



2008年8月に開業した新しい駅です。
遠くに大多喜城の模擬天守も眺める事が出来ます。

近くにショッピングモールもあり、東京駅に
向かうバス乗り場にも歩いて行けるようです。


緩やかな丘陵地を抜け、上総中川を過ぎると
再び、広々とした田圃の景色の中を走ります。



この景色の中を走り、大多喜から
12分で国吉に到着しました。

この国吉は2面2線の配線で、
列車交換が可能な駅です。



数人ながら列車を待つ人の姿があり、
ホッとする光景です。

国吉から再びのどかな光景が広がりました。



房総半島の丘陵地は緩やかで、その間に広がる
田園風景は、どこにでもある変哲もない光景です。

いすみ鉄道のキャッチフレーズは
「ここには何もないがあります」 です。
こうした景色を思う存分楽しめるいすみ鉄道の旅は、
心和むものですが、一方でなかなかこうした景色に
出会う事も少なくなっています。

いすみ鉄道の地道な努力もあり、
この景色を楽しむ乗客も増えているようです。


列車はやがて上総東駅に到着しました。



国吉駅から2駅目、3.6kmの距離ですが
この駅にも列車交換設備がありました。

いすみ鉄道の運転本数は、大原 - 大多喜間が一日16往復、
大多喜 - 上総中野間が一日14往復となっています。

この上総東では朝の時間帯に
列車の行き違いが行われています。


上総東を出ると、いすみ鉄道の線路は
夷隅川の流域から離れ丘陵地を横断しました。



この丘陵地を抜けると再び田園地帯です。



既に太平洋に面した大原の町に近づいていますが
集落は少なく、一面に田圃が広がっていました。

集落が現れると、西大原です。



いすみ鉄道の旅も、いよいよ残りも
一駅の区間となりました。

大きなカーブを描いて、進行方向を
南に変えると、外房線の架線柱が現れました。



単線同士の線路が並走するようになり、
大原駅に到着しました。

大原駅の2番線に到着した、
いすみ鉄道の気動車です。



大多喜から30分程、上総中野からの
全線を乗り通すと50分ちょっとの乗車です。

いすみ鉄道の大原駅の駅舎です。



この時は、30分程の待ち合わせで、
JR外房線の特急列車で千葉に向かいました。



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