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Shane旅日記
鉄道旅行へのいざない



肥薩おれんじ鉄道
Hisatsu Orange Railway



乗車日:Nov. 12, 2006





肥薩おれんじ鉄道は、熊本県の八代と
鹿児島県の川内(せんだい)とを結ぶ
営業キロ 116.9kmの第三セクターです。

肥薩おれんじ鉄道は2004年3月13日に、開業しました。
この日は、九州新幹線が開通した日です。
新八代 - 鹿児島中央間の九州新幹線の開業によって
並行する鹿児島本線の八代 - 川内(せんだい)間の運営から
JR九州が撤退した為に、地元自治体が中心となって
発足したのが、この肥薩おれんじ鉄道です。



九州新幹線が開業する前は、特急も走るJRの幹線、
鹿児島本線だったのですが、JR九州が経営から手を引いた
八代 - 川内間は、山が海まで迫る地形で、人口密度も低く
新幹線開業後は各駅停車のディーゼル列車が走る
ローカル線になっています。


鹿児島中央駅からの九州新幹線「つばめ」を川内で
下車し、肥薩オレンジ鉄道のホームに向かいました。

九州新幹線の乗車記はこちらです。
鹿児島の旅行記はこちらです。

川内駅の在来線ホームは、一面2線という線路配置で、
島型のホームの両側に線路が敷かれています。

このホームの南側が、川内 - 鹿児島間のJR鹿児島本線、
北側が、肥薩おれんじ鉄道の乗り場になっています。

しばらく待つうちに、折り返し11:18発の
八代行きとなるディーゼル列車が到着しました。



一両編成の車両からは僅かな乗客が降りただけでした。
列車に乗り込み、海の見える進行左側の席に座ります。

車両は、ボックスシートとロングシートが半々の構造で、
座席の半分近くが塞がっています。
何かの取材なのかTVクルーも乗り込んでいました。

川内を発車し、川内川を渡ると、
のどかな田園風景が広がります。



明るい日差しの中で、広がる田圃を眺めていると
なんだか、とてものどかな気持ちになってきます。

上川内、草道とのどかな景色を走り、
次の薩摩高城から海岸線に沿って走るようになりました。



快晴の天気で、海の青さも際立っているようです。
この日は、風が強いのか、白い波頭が出来ていて、
海の青さを一層引き立てています。

山が海まで迫り、列車は海岸線より高い位置から
海を見下ろしながら走って行きます。
この海は、東シナ海です。



この辺りには人形岩という名勝地があります。
どれがその岩か分かりませんでしたが、
海岸線には岩礁が続いています。

はるか遠くに小さな島影が見えてきました。
甑島でしょうか。



列車の車窓から、この青い海の景色を
ずっと見続けてられるのは、
なんとも気持ちのいいものです。

牛ノ浜の手前で、列車の後ろを振り返ってみると
海に陽の光が差し込み、輝いていました。



牛ノ浜を過ぎると、阿久根に到着です。
駅前には、多くのタクシーが客待ちしています。



新幹線が開業する以前、阿久根には
毎時一本の特急が停車していましたが
新幹線は阿久津を素通りしてしまいました。

何人か、この駅で下車する人はいたのですが、
その人達が改札を通り過ぎてしまうと、
駅はひっそりとしてしまいました。


阿久根を出て、しばらくは海岸線を走りますが、
やがて、のどかな田園風景となり出水へと向かいます。



のどかな景色にウトウトしだした頃、
途中の野田郷の駅でコンテナを積んだ
貨物列車と行き違いしました。

この肥薩おれんじ鉄道は鹿児島本線を引き継いだ路線なので、
鹿児島への貨物列車もこの線路を使っています。

旅客列車は、電車から気動車に変わったのですが、
貨物列車を牽引する電気機関車用に
電化設備はそのまま維持されています。


各駅で乗車する人が増え、車内は次第に座席が塞がってきました。
列車は、再びのどかな景色の中を走り、出水に到着です。

ここで、殆どの乗客が入れ替わりました。
川内から乗車していたTVの取材チームも
ここで下車していきました。

出水を出ると、車内は空席が目立つようになり、
遠くに海を見ながら走るようになります。

県境を越え、薩摩の国から肥後の国に入ったようです。



天草の島影を遠くにみながら、穏やかな
海の景色が続き、水俣に到着です。

この風光明媚な景色からは想像も出来ませんが、
日本が戦後の復興から立ち直りかけた1956年、
新日本窒素肥料(現、チッソ)水俣工場から排出された
メチル水銀が原因となり、6,000人を超える方が発病した
水俣病が発生したところです。

この、景色を見ていると、四大公害病と言われた
「水俣病」が発生したところとは、信じられない思いです。
もう、既に遠い昔の出来事のように思われるのですが、
今も、水俣病の認定を巡る裁判が争われています。


その水俣を発車すると、線路の右手に
サイクリングロードが延々と続いています。



日本一長い運動場と銘打たれたこのサイクリングロードは、
旧JR山野線の廃線跡です。

山野線は、水俣から川内からの宮之城線と接続する薩摩大口を通り、
肥薩線の栗野駅までの営業キロ55.7kmの路線でしたが、
1988年(昭和63年) 1月31日に廃止になってしまいました。

肥薩線の乗車記はこちらです。

山野線には、25年程前に一度だけ乗車しました。
地味な路線でしたが、途中にループ線もあり、
車窓を楽しむ事が出来ました。


しばらく山野線の廃線跡と併走していましたが、
新幹線の高架橋が見えると左にカーブを切り
水俣川をわたり、山野線の廃線跡と分かれてしまいました。

新幹線との接続駅、新水俣を過ぎると山間に分け入り、
津奈木の先でゴツゴツとした岩肌の山も見えていました。



山間をしばらく走り、次の湯浦では、
遠くに海が広がっているのが見えました。



海に面した集落が佐敷です。
佐敷には、熊本城の支城が築かれていたそうで、
いつか再びこの地を訪れ、佐敷城に行こうと思っています。


佐敷を出て、トンネルをいくつか抜けると、
列車は再び海岸線を走るようになりました。



天草の島々を遠くに眺め、不知火海の穏やかな
海岸線に沿ってカーブを切りながら走って行きます。



青い空と海が車窓にのどかに広がり、
とても風光明媚な路線です。

この路線は以前、特急に乗ったことがあるのですが、
これ程、海岸線に近いところを走っているとは
思いませんでした。

終点の八代が近づき、次第に名残惜しくなって来ました。
やがて海岸線が遠ざかり、終着の八代に到着しました。

八代で接続する肥薩線の乗車記はこちらです。



肥薩おれんじ鉄道の普通列車は、
川内から116.9kmを2時間23分かけて走りました。

九州新幹線が開業する前にこの区間を走っていた
特急「つばめ」は八代 - 川内間を1時間35分で走っていました。
ちなみに、九州新幹線「つばめ」は僅か27分です。
各駅に停車して、まだるっこしいような
肥薩おれんじ鉄道の普通列車ですが、
スピードが遅い分、車掌風景を堪能出来たように思います。



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