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スカイライナーは、成田空港と東京の
上野とを結ぶ京成電鉄の看板列車です。
1978年の成田空港開港と同時に運行を開始しています。
開業当初は、成田空港の駅はターミナルにはなく、
1kmほど離れた所にあり(現・東成田)、バスでの
連絡が必要だったため、利用客も伸びなかったようです。
その後、1991年にはターミナルビルに乗り入れを開始し、
2010年からは千葉ニュータウンを経由する短絡線の
成田空港線が開業し、スカイライナーは160km/hでの
走行が可能になった事も併せて、僅か43分で結んでいます。
スカイライナーには、津田沼経由の従来の
ルートの際にも乗車しましたが、2010年11月に、
新しいルートになったスカイライナーに再度乗ってみました。
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「スカイライナー」は、京成本線の起点でもある
京成上野駅が始発駅です。
京成上野駅は、上野公園の真下の地下にあります。
JRの上野駅は、何度も利用した事がありますが
京成上野駅は数えるほどです。
上野公園の様子はこちらです。
2010年11月に乗車した際は、京成上野発
11:00の「スカイライナー」に乗車しました。
京成上野と成田空港の間には、本線経由の
特別料金不要の特急が20分毎、そして
「スカイライナー」が40分程に走っています。
2010年11月当時は、この他に一日に7往復、
本線経由の「シティライナー」も走っていました。
「シティライナー」は、この4か月後に発生した
東日本大震災の際に運行が中止され、
その後廃止になっています。
160km/hでの運転開始に合わせ、2010年10月の
ダイヤ改正から運航を開始した二代目AE型車両です。
三代目の「スカイライナー」用車両になります。
「スカイライナー」の右隣に写っている車両は
2代目「スカイライナー」用車両のAE100系で
この時は「シティライナー」として運行されていました。
乗車したのは日曜日の午前中でしたが、
成田空港からの出発便の多い時間帯からは
外れていたのか、車内はかなり空いていました。
京成本線は、上野公園の下をトンネルで抜けていきます。
トンネルを抜けると、すぐにJRの路線をオーバークロスします。
丁度、常磐線の特急「スーパーひたち」が走り去っていきました。
この時から、既に6年半の年月が経っていますが、
この時みかけた「スーパーひたち」の車両は常磐線の
運用からは引退し、列車名も「ひたち」と変更されています。
JRの線路をオーバークロスするとすぐに日暮里に停車します。
京成は、ターミナルの上野よりもJRへの乗り換えが便利な
日暮里駅の利用客の方が2倍以上も多くなっています。
しかし、この「スカイライナー」に乗る人はほとんどいませんでした。
日暮里を発車すると、常磐線の線路をオーバークロスしました。
この先で、日暮里・舎人ライナーの高架橋をくぐり、
下町の住宅密集地を走っていきます。
建物が途切れ、視界が広がったと思うと
隅田川を渡りました。
この時まだ建設中だったスカイツリーを
一瞬見ることが出来ました。
この先も建物の密集地が続き、
3度目の常磐線のオーバークロスです。
この先に北千住駅があり、多くの線路が並んでいます。
この先も同じように建物が密集する地域を走ります。
建物がなくなり、景色が広がると大きな川を
渡るという景色が繰り返されました。
2つ目の川は、荒川でした。
こうして、東京の下町の景色が目まぐるしく
変わるうちに、高架橋が見えてきました。
押上からの線路です。
この押上線と合流すると、
間もなく青砥を通過します。
青砥は押上線との接続駅で、下り方面が
3階、上り方面が2階の3重構造の駅です。
青砥を通過すると複々線となり、今度は
中川を渡ると京成高砂駅となりました。
京成高砂は、金町線と本線、そして
北総鉄道北総線との接続駅です。
左に金町線、右に本線が分かれ、
新柴又を通過すると、江戸川を渡りました。
進行方向左手に眺める江戸川です。
この辺りは、矢切の渡しが運行されています。
江戸川を渡ると、千葉県に入ります。
それまでの建物も密集した景色とは一変し、
丘陵地の前に田圃が広がる景色となりました。
小説「野菊の墓」の舞台はこの辺りだったと思います。
「スカイライナー」はこの丘陵地をトンネルで抜けていきます。
トンネルを抜けると、住宅地の光景が広がっていました。
北総線内の最高速度は130km/hです。
あっという間に、武蔵野線との接続駅・
東松戸を通過しました。
東松戸の先には、東武鉄道・野田線、
新京成電鉄との接続駅の新鎌ヶ谷があります。
その手前で新京成電鉄の車両基地も見えていました。
上右の写真は、新鎌ヶ谷駅前の警察署です。
列車の速度が速く、あっという間に景色が流れました。
鎌ヶ谷の集落を過ぎると丘陵地となり、
線路の両側に道路が並走するようになりました。
こうしたニュータウンの景色が続き、
やがて千葉ニュータウン中央駅を通過しました。
この千葉ニュータウン中央まで36.5km、
30分程の所要時間でした。
千葉ニュータウン中央を通過すると、
高速道路のインターチェンジのような所を通りました。
本当に日本離れした景色の様に思います。
この景色を眺めていると、以前、カナダで乗った
カルガリーのCTrainの車窓を思い出しました。
CTrainの乗車記はこちらです。
このような景色がしばらく続き、
印旛日本医大の駅を通過しました。
京成高砂から、この印旛日本医大までは
北総鉄道の路線を走っていましたが、ここからは
2010年10月に開業した成田空港線となります。
最高速度も160 km/hとなり、景色が
目まぐるしく変わる様になりました。
ニュータウンは印旛日本医大で尽き、
丘陵地を突っ切る様になりました。
丘陵地と丘陵地の間の、関東では
"谷津"と呼ばれる地形を通りました。
この景色を過ぎると、低地が広がり、
車窓左手に印旛沼が見えてきました。
印旛沼の先には田圃が広がっていました。
北総鉄道と成田空港線は、元々
成田新幹線の予定ルートだったところです。
田圃の先の丘陵地に入ると、我孫子からの
JR成田線をオーバークロスし、その先で、今度は
成田から調子へと向かう線路を跨ぎました。
ここからはJRの成田空港へと向かう線路が並走します。
この区間は、JRの路線も京成もお互いの
単線の線路が並走して走っています。
「成田エキスプレス」で何度も眺めた車窓風景を眺めるうちに
地下に入り、空港第二ターミナルに停車した後、
成田空港駅に到着しました。
成田空港駅に到着したスカイライナーです。
京成上野から64.1km、僅か43分での到着です。
隣のホームにはJRの快速「エアポート成田」と
成田エクスプレスが停車していました。
新幹線との接続や、新宿あるいは横浜へと
向かうには成田エクスプレスが便利ですが、
都内であれば、所要時間が短く、運賃の安い
スカイライナーに軍配が挙がるような気がします。
改札を出来ると、空港ターミナルへと直結しています。
以前は、ここでパスポートの提示を求められました。
この時は、この後にJRに乗り換え、鹿島に向かった
のですが、それでもここを通過しなければなりません。
パスポートは持っていませんでしたが、かすかな記憶では
事情を説明しただけで、通してもらえたと思います。
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