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鉄道旅行へのいざない



上田電鉄 別所線
Ueda Electric Railway




乗車日:Aug. 03 〜 04, 2004





上田電鉄 別所線は、JR北陸新幹線と、
しなの鉄道との接続駅上田を起点とし、
古から名湯と知られている別所温泉を結ぶ
全長 11.6kmのローカル私鉄です。






上田電鉄は、2005年10月3日に上田交通から分社化されました。
上田交通の前身は、上田丸子鉄道で長野県の小県地方を中心に
5つもの路線を持っていたそうです。

他の地方の私鉄と同じように自動車の普及とともに乗客が減少し、
1969年(昭和44年)、別所線以外の路線が廃止となり、
この別所線も廃止予定になったそうですが、
別所温泉組合の反対等もあり、
今日まで存続に至っているようです。

しなの鉄道の電車を上田で下り、
上田交通(当時)の別所線に乗り換えました。
上田の街歩きの様子はこちらです。



別所線のホームは北陸新幹線開業に合わせて
7年ほど前に高架化されています。

車両は以前東急電鉄を走っていたものです。
夏休みの平日の午後、リングシートの座席に、所々
空いた席がある程度で、思いの外混んでいました。

発車して高架を下りきったところで千曲川を渡りました。



清らかな川の流れに釣り竿を
垂らしている人が何人もいました。
景色が開け、遠く浅間山も望めました。




千曲川を渡ると河岸段丘を上り、
住宅の立ち並ぶ中を走りました。

進行方向正面に塩田平の南に聳える
独鈷山の姿が見えてきました。



しばらく丘陵の裾に沿って走ったのち下之郷を過ぎ、
生島足島神社の赤い鳥居を右にチラッと見ながら
大きく右に曲がると、田圃が開けてきました。

信州の鎌倉と呼ばれる塩田平の風景です。
車窓左手に独鈷山の独特な山容が見えています。



左手に独鈷山を見ながら走ります。
しばらくすると、塩田町に到着です。

上田から約20分程の、この塩田町で電車を下りました。
これは塩田町駅を発車した上田からの電車です。



塩田平から別所温泉にかけては信州の鎌倉と呼ばれており、
独鈷山の麓には、いくつかの古刹が点在しています。

塩田町の駅を後にして、独鈷山の麓の古刹巡りをしてきました。
塩田から別所温泉にかけての様子はこちらです。


この日は古刹巡りの後、バスで別所温泉に向かったので、
塩田町 - 別所温泉間は、翌朝上田に戻る際に乗車しました。

別所温泉駅は温泉街の東の外れにありました。
道路の脇の一段下がったところの駅舎です。



月遅れの七夕の準備なのか、色とりどりの
短冊を付いた笹が駅舎に飾られていました。

この別所温泉駅には上田交通(当時)の
古い車両が保存されています。



紺色とクリーム色の組み合わせが渋いこの車両は
モハ5250という形式で、1927年(昭和2年)に作られ、
1986年(昭和61年)まで現役で走っていた車両です。

ドアの戸袋のところの窓が丸くなっているのが特徴で、
丸窓電車として多くのファンに親しまれています。


改札を抜け、朝の電車に乗り込みました。



通勤時間帯を過ぎていたためか、
温泉帰りの人が三々五々乗り込んだだけで、
車内は比較的空いていました。

別所温泉の駅を出て、急勾配を下り塩田平に出ると、
昨日と同じように独鈷山がよく見えました。




今年の10月に上田交通から上田電鉄が
分社化されたと記しましたが、
これは、国交省が地方鉄道の安全対策基準を厳しくし、
それを達成する為に、別府線では15億円もの
設備投資が必要になったことに端を発しているとのことです。

上田交通では、この投資を出来ないとの経営判断をし、
上田市がこれを援助することになったのですが
上田交通はバスや不動産事業も手がけているため、
市からの援助金が鉄道事業に限定出来るように
上田交通の鉄道部門を独立させたそうです。

上田電鉄別所線応援サイト
にこのあたりの状況が詳しく載っています。

上田市の援助で、存続出来る事になった別所線ですが、
いずれにしても事業環境が厳しい事には変わりありません。
別所温泉を訪れる際は、是非上田電鉄
別所線を利用するようにお願いします。



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