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Shane旅日記
鉄道旅行へのいざない



大井川鐡道
Ohigawa Railway



乗車日: July 28, 29, '94 および Apr. 30, '09





大井川鐡道は、JR東海道本線の金谷を起点に
大井川に沿って遡る私鉄ローカル線です。

大井川の様子はこちらです。

金谷から千頭まで営業キロ39.5kmの大井川本線と
千頭から井川までの営業キロ25.5kmの井川線の
二つの路線を有しています。





大井川本線は蒸気機関車(SL)の動態保存を行い、
ほぼ毎日、SL列車が運行されています。

また井川線は大井川の源流を走る路線で、
中部電力からの運営を委託しており、
日本で唯一ラック式の区間があります。


のどかなで、雄大な景色が楽しめる
大井川鐡道の様子を紹介します。




大井川本線
Ohigawa Main Line
Sep. 28, '11


蒸気機関車乗車記
"Sleam Locomotive Train"
Oct. 01, '11


井川線
Igawa Line
NEW ! Oct. 04, '11




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大井川本線
(Ohigawa Main Line)







大井川鐡道の大井川本線は
JR東海道本線の金谷と千頭を
結ぶ営業キロ40.1kmの路線です。

1927年(昭和2年)に金谷 - 横岡(現在廃止)の
営業が開始され、その後、路線延長を繰り返し、
1931年(昭和6年)に全線が開業しています。

軌間は1067mm、全線単線電化路線です。


SLの保存運転されていることで有名な路線ですが
大井川に沿って走る車窓風景も素晴らしい路線です。

2009年4月30日に乗車した際の様子を紹介します。



千頭 - 下泉
(Senzu - Shimoizumi)



大井川鐡道大井川本線の終点・千頭駅。

千頭駅は山間を流れる大井川沿いの
比較的大きな集落にあります。



千頭駅の様子は
こちらです。

2009年4月30日。
金谷から大井川沿いのサイクリングを
終えて千頭駅に辿り着きました。

帰路は大井川鐡道に乗って
大井川沿いを下ります。


改札を抜け、4番線ホームに停車中の
15:52発、金谷行きに乗り込みました。



この金谷行きの車両は、南海電鉄高野線で
活躍していた21001系という車両です。

南海電鉄高野線の乗車記はこちらです。

南海電鉄高野線では1958年(昭和33年)から
1997年(平成9年)まで使われていたそうです。


2両編成の電車は、乗客も少なく
ガラガラの状態で発車しました。

千頭を発車すると、蛇行する
大井川を2度3度と渡っていきます。



上の写真左は、千頭駅手前でSLの
姿を眺めた千代橋の様子です。

白い河原に青い水の流れが綺麗でした。


崎平を過ぎ、大井川の左岸に渡ると
茶畑が広がりました。



のどかな景色です。

この先でトンネルを抜けると
平地が広がるようになりました。



2両編成の電車の最後尾からの眺めです。

そして、駿河徳山に到着しました。



駿河徳山はSL列車も停まる駅ですが
ひっそりとした佇まいでした。

乗り降りする人も見かけませんでした。


駿河徳山を発車すると、
大井川沿いを走るようになりました。



この辺りは水量が比較的多く、
大河の雰囲気を漂わせています。

丁度この対岸辺りに、道の駅・
「フォーレなかかわね茶茗舘」があると思います。

フォーレなかかわね茶茗舘の様子はこちらです。

ここを過ぎると、大井川沿いに
平地が広がります。

線路も大井川から離れたので、
再び電車の最後尾に向かいました。



過ぎ去る景色ものどかなものでした。

千頭から4駅目の田野口駅に到着しました。



開業当初から使われている駅舎です。
年季は入っていますが堂々とした建物です。

映画のロケに使われるようにと
開業当初の姿に整備されているそうです。


田野口を出ると、再び大井川に
沿って走るようになりました。



夕暮れが近づき、川面が傾いた
日の光を反射し、キラキラと
輝くようになりました。

川面を渡る涼しい風が開いている窓から
入り込み、心にすっと沁みわたります。



川沿いに植えられた並木も
陽の光の反射を受けて
輝くようでした。



下泉 - 家山
(Shimoizumi - Ieyama)



16:14に下泉に到着しました。



この下泉も蒸気機関車の牽引する列車が停車しますが
乗車人数は一日に僅か57名(2007年実績)だそうです。

下泉駅の駅舎も、木造の貫録あるものでした。



自転車で下泉駅前を通りかかった時の様子です。

その際の様子は
こちらです。

下泉駅の両側はトンネルで挟まれています。
下泉駅を発車して、トンネルを抜けると
再び、大井川に沿って走りました。



滔々と流れる大井川を電車の車窓から
風を受けながら眺めるのは
とても心地良いものでした。



夕日を背に受けた、遠くの
山々の様子も格別でした。


この景色を眺めるうちに塩郷に到着しました。



大井川沿いにある小さな駅でした。
この塩郷の駅舎はコンクリート製の
ブロックを積み上げた味気ないものでした。

塩郷を発車して千頭方面を眺めると
塩郷ダムが遠くに見えていました。



この辺りは、大井川が180度流れを変えています。
小高い道路の上からの眺めです。



大井川鐡道は丁度、大井川の手前を走っています。

大きく流れの方向を変える大井川と別れ
トンネルを抜けると地名に到着しました。



駿河徳山や下泉で見かけたのと
同じような古い佇まいの駅舎でした。

地名を発車した辺りの車内の様子です。



大井川鐡道沿線に行楽に来た
若い人たちが三々五々乗っていました。
のどかな電車の走りに、眠りに
ついている人が多く静かな車内でした。


地名からはいくつもトンネルを抜け、
川根温泉笹間渡を過ぎると、
広い河原の大井川を渡りました。



赤いガーター橋が周囲の
緑一色の景色に映えて綺麗でした。

この鉄橋は「SLの見える丘
公園」から眺めた赤い鉄橋です。




大井川の右岸に移り、西日に照らされた
谷を眺めながら走るようになりました。



大井川の両側に連なる山も
次第になだらかになってゆきます。


やがて家山に到着しました。



しばらく停車時間があったので、ホームに降りて
金谷行の電車の写真を撮ってみました。



家山 - 金谷
(Ieyama - Kanaya)



家山を発車し、再び大井川に
沿って下っていきました。



家山駅の手前から見えていた
丸い小山が随分と上流に
見えるようになりました。

この辺りの大井川の河原は広く、
家山からしばらくは、道路橋も
架けられていません。



やがて蛇行を始めた大井川と別れ
トンネルを抜けてお茶畑を
走るようになりました。

この先の福用で、下り電車と行き違いです。



この電車と同じ、元南海電車の
21001系がやってきました。

福用を発車すると再び
大井川に沿って走りました。



益々河原は広くなり、傾いた日差しが
谷底には届かなくなってきました。

トンネルを一つ抜けると神尾です。



ホームの横に信楽焼の狸の置物が並んでいました。
日の陰った山間の神尾駅、狸が出ても
おかしくないような雰囲気でした。

神尾を出ると、大井川の両側の
山々が急に開けてきました。



山間を流れていた大井川が
平地へと流れ出たのでした。


ここからは今までの風景と異なり
新しい住宅地が広がっていました。



山間では夕暮れの風景でしたが
時計の針が戻ったように
明るい車窓風景となりました。

人口密度が高いので、五和、日切、
代官町と駅間距離も短くなっています。


やがて、新金谷に到着しました。
ここは大井川鐡道の本社もある拠点駅です。



構内には旧型客車を牽引した旧型電気機関車や
C12という形式の蒸気機関車の姿もありました。


新金谷を出ると、大井川鐡道の線路は
大きくカーブを描き大代川を渡りました。



丁度、牧之原台地に向かう途中で、
遠くに走る大井川鐡道の電車を
眺めたその景色の中を走っています。



大代川を渡り終えると、
東海道本線に寄り添います。

丁度、大阪方面に向かうコンテナ貨物列車が
大井川鐡道の電車を追い抜いていきました。



静かな大井川の川沿いをのんびり
走ってきた電車に乗っていたので、
疾走する貨物列車を見ていると、
まるで違った時の進み方をしている
空間を走っているように感じました。


東海道本線の貨物列車に追い抜かれると
金谷駅に到着しました。

千頭から金谷まで39.5kmを
1時間14分かけての到着です。



大井川鐡道の金谷駅は東海道本線の脇に
一面のホームに単線の線路があるばかりでした。

金谷からの電車が傾いた西日を浴びていました。



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蒸気機関車乗車記
(Sleam Locomotive Train)







大井川鐡道は古くから蒸気機関車の
保存に取り組んできた鉄道です。

大井川鐡道で蒸気機関車の保存運転が
始まったのは1976年(昭和51年)に遡ります。

旧国鉄から蒸気機関車が消えたのも
1976年だったので、大井川鐡道の保存運転が
いかに早くから始まったかが、判ります。



大井川鐡道で運転されている蒸気機関車は
C-11や、C-12、C-56と呼ばれる
小型機関車が主になっています。

上の写真は、既に廃車に
なってしまったC11-312です。


この大井川鐡道のSL列車に
1994年(平成6年)7月末に乗車しました。


人気のSL列車で、しかも夏休みという事もあり、
SL列車は多くの乗客で混雑していました。



金谷駅を出発した際の様子です。


2011年9月30日までは、SL列車は大井川本線の
起点・金谷と終点・千頭の間で運行されていました。

団体客は観光バスで次の新金谷に駆けつけ
ここから乗車していました。

それが、2011年10月1日からは、すべての
SL列車が新金谷発に変更されています。


従来、大井川鐡道のSL列車は、金谷駅に
ターンテーブルがなかったので、上り下り列車とも
蒸気機関車の向きが千頭方向と固定されていたのですが、
新金谷駅にターンテーブルが新設されたので、
新金谷 - 千頭間で、常に蒸気機関車が
先頭向きで走るようになったそうです。

金谷を出発したSL列車は、新金谷を過ぎ
やがて大井川に沿って走るようになります。



神尾 - 福用間の車窓風景です。


大井川に沿って遡り、川根温泉笹間渡の
手前で大井川を渡りました。



この鉄橋が大井川鐡道の
SL列車のハイライトの一つです。


こうして、のどかな景色を眺めながら
金谷から1時間20分程で、
終着・千頭駅に到着しました。



千頭駅に到着すると蒸気機関車には
多くの乗客が集まり記念撮影していました。

やはり蒸気機関車は人気者です。


またこの大井川鐡道のSL列車に
乗車してみたいです。



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井川線
(Igawa Line)







大井川鐡道井川線は、大井川本線の終点・
千頭から大井川上流部の深い山間を走り、
井川に至る25.5kmの路線です。


この井川線に乗車したのは1994年(平成6年)7月末。
金谷からSL列車に乗って千頭に到着し、
その日は寸又峡を訪れました。

その翌朝、寸又峡から奥泉駅に
向かい井川線の旅を始めました。



奥泉駅に到着する井川線の列車です。
井川線の列車は、トロッコ車両を連ね。
千頭側に機関車が連結された客車列車です。

井川側の先頭は制御車両と呼ばれ
後部に連結された機関車を遠隔操作する
運転席が設けられています。


奥泉から一駅乗り、アプトいちしろ駅に到着しました。



この、アプトいちしろから接阻峡温泉間の5.6qは
1990年(平成2年)10月2日に、新しい路線に
付け変わっています。

大井川上流に建設された長島ダムに伴い、
従来の路線が水没してしまう為の路線変更です。
この新しい路線はダムとの高低差を稼ぐために
この区間の勾配は90‰という急勾配になっています。

大井川鐡道ではこの急勾配区間に
ラック式を採用しています。

ラック式鉄道はレールの間の歯車と
機関車に取り付けた歯車とを
噛み合わせて勾配を走ります。

ラック式鉄道はスイスで多く採用されています。
スイスの鉄道の乗車記は
こちらです。



この機関車が、ラック式区間で
補機として活躍する機関車です。

大井川鐡道ではラック式のなかでも
アプト式と呼ばれる歯車の歯が
3つあるタイプを採用しています。

ラック式鉄道は、以前は信越本線の
横川 - 軽井沢間にもありましたが、
1963年(昭和38年)廃止となってしまい、
日本で現存する唯一の例です。



アプトいちしろを発車すると急勾配を上ります。
アプトいちしろ駅方向を振り返った様子です。



深く切れ込んだ谷間をコンクリート橋で
一跨ぎして、雄大な光景です。

やがて建設中の長島ダムが
遠くに見えてきました。
(長島ダムは2001年に完成したそうです。)



この景色はとても雄大です。
これ程の雄大な車窓風景は、
なかなかお目にかかれないと思います。


ラック式区間も次の長島ダムまでです。
ここでラック式の補助機関車を開放すると
緩やかになった勾配を上っていきます。

1994年当時は深く切れ込んだ谷間を
見下ろすように走っていましたが、
長島ダムが完成したいまはダム湖の
畔を走る光景に代わっているのでしょうか。



上の写真は奥大井レインボーブリッジを渡る
井川行きの列車です。

この鉄橋も、目がくらむようなさでしたが
今は湖面近くを渡る光景に変わっているようです。


接阻峡温泉を過ぎると、ダム湖も尽き、
再び深い谷間を走る光景になります。

閑蔵 - 尾盛間には川底から
100mの高さの関の沢鉄橋を渡ります。



この鉄橋上では列車の一旦停車のサービスがありました。
川底を覗き込むと本当に目がくらむような高さでした。

以前は、高千穂鉄道の高千穂橋梁が
日本一高い橋梁でしたが、高千穂鉄道の廃止に伴い、
この関の沢鉄橋が日本一になったそうです。

高千穂鉄道の前身、
旧国鉄高千穂線の様子はこちらです。


この雄大な山間の景色の中、
25.5kmを1時間50分程かけて走り、
終点の井川に到着しました。



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