能登金剛
Noto Kongo in Ishikawa


能登金剛は、日本海の荒波によって浸食された
断崖や奇岩が続く景勝地で、能登半島西岸の
ほぼ中央に位置する福浦港から25qほど北に
ある関根鼻までの海岸線をさしています。

2011年10月に、能登半島の中西部を旅しました。
その際に、能登金剛の海岸線も訪れましたので、
その時の様子を紹介します。


巌門・鷹の巣岩
(Ganmon & Takanosu Rock)
Oct. 15, '21


千畳敷
(Senjyojiki Seashore)
Oct. 15, '21


機具岩
(Hatagoiwa Rock)
Oct. 15, '21


ヤセの断崖
(Yase Clif)
NEW ! Oct. 18, '21


琴が浜
(Kotogahama Beach)
NEW ! Oct. 18, '21

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巌門・鷹の巣岩

能登半島の西部を北上するには国道249号線が
走っていますが、途中の高浜から国道249号線は
半島の内部を走るようになり、志賀町から
海岸線を通る県道を走ります。

羽咋から35分程走ると、巌門(がんもん)
鷹の巣岩の名所がありました。


撮影: 2011年10月

鷹の巣岩は、高さ27メートルの塔状の岩です。
昔は、鷹が巣を作っていたので、
この名がついたそうです。


撮影: 2011年10月

崖の上からは、碁盤島(上左の写真)が見えていました。
京から奥州へ向かっていた義経・弁慶主従が、この岩で
碁を打っていたという伝説が残っているそうです。

崖の上からは巌門と鷹の巣岩も見えていました。


撮影: 2011年10月

崖の上から波打ち際へと降りてみました。
先ほど崖の上から見た小さな入り江があり、
そこに鷹の巣岩が聳えていました。


撮影: 2011年10月

鷹の巣岩の北側に巌門がありました。
日本海の荒波が岩を穿ち大きな
自然の洞門が出来ていました。

まさに"涓滴(けんてき)岩を穿つ"です。


撮影: 2011年10月

人も立って入れるほどの大きな洞門で、
義経主従もここで身を隠していたそうです。

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千畳敷

巌門の北に向かっていくと、鷹の巣岩や
巌門の奇岩の景色とは打って変わり、波打ち
際に平らな岩が広がる景色になりました。


撮影: 2011年10月

この平らな岩が千畳敷と呼ばれる景勝です。
千畳敷には遊覧船乗り場もありました。


撮影: 2011年10月

千畳敷には深く抉られた深みもありました。
海が澄み、かなり深い所まで見えていました。


撮影: 2011年10月

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機具 (はたご)

厳門から3.5km程北に向かうと
機具(はたご)岩がありました。

二つの岩が寄り添うよう様に並び、
その二つの岩をしめ縄が結んでいます。


撮影: 2011年10月

伊勢の二見が浦と似たような光景なので、
能登二見とも呼ばれるそうです。

この機具岩という名は、能登比盗_社の祭神の
渟名木入比当ス(ぬなきいりひめのみこと)が
織機を背負って山越えをした際に山賊に襲われ、
織機を海中に投げ入れたところ、その織機が
岩に変わった事から、その名が付いたそうです。

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ヤセの断崖

機具岩から北に15km程の所のヤセの断崖に向かいました。
その手前で、大笹波水田がありました。


撮影: 2011年10月

この大笹波水田は海岸河岸段丘に発達した棚田で、
昭和40年代に圃場改善され直線的な畦畔となり、
その幾何学的な景色が綺麗な棚田です。

日本棚田100選にも選ばれています。

大笹波水田から程なく、ヤセの断崖に着きました。
機具岩からは、車で20分程の距離です。

ヤセの断崖は、高さ35mもの断崖が続く、
能登金剛でも代表的な景勝地です。


撮影: 2011年10月

松本清張の代表作「ゼロの焦点」の
舞台にもなっています。

「ヤセ」という地名は、ここが痩せた土地
であるという説や、高い断崖を見下ろすのは
身が痩せる思いという説があるようです。

ヤセの断崖を見下ろす義宮正仁親王殿下御展望台です。


撮影: 2011年10月

何人もの観光客がいて、能登金剛でも
人気のスポットの様でした。

この展望台から断崖の上を南に遊歩道が続いています。
遊歩道は周囲が開け、日本海が良く見えています。


撮影: 2011年10月

打ち寄せる波音を聞きながら、
豪快な断崖の景色を眺めていました。

この先に、深く切れ込んだ細い入り江があります。


撮影: 2011年10月

まるでナイフで切り取ったような地形で、
自然で出来たとは思えない程の
切れ込んだ入り江です。

頼朝の追手から奥州へ逃れている義経が
48艘もの船を隠したという伝説があり、
義経の舟隠しと呼ばれています。

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琴が浜

ヤセの断崖から更に北に向かいます。
暫くは海岸段丘の崖が続き、雄大な
日本海の景色が見渡せます。


撮影: 2011年10月

能登金剛の北端とされる関野鼻の岬です。

この先の岬を過ぎると、荒々しい断崖や奇岩の
景色から一変し、砂浜が広がっていました。

この砂浜は、琴が浜と言い、かつては
鳴り浜として知られていました。


撮影: 2011年10月

鳴り浜は全国でも20か所程しか知られていませんが、
石英を65パーセント以上含んだ砂浜では、人が歩くと
「キュキュ」と音がするようになるそうです。

この琴が浜は、石英の含有率が72%以上あるそうです。
石英の粒に汚れが混ざると音がしなくなってしまうそうで、
琴が浜もかつての鳴り浜が失われしまったそうです。


撮影: 2011年10月

琴が浜を歩いていると、その北側に
小さな岬と海の中に岩が見えて来ました。


撮影: 2011年10月

日本海の荒波に洗われた岩肌が剥き出しになっています。
能登半島は、地殻変動の影響を強く受けているのか、
この岩の地層は、放射線状に渦を巻いていました。

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