新居関所・新居宿
Arai Barrier, Shizuoka


新居関所は東海道の浜名湖西岸に置かれた関所です。
関所が置かれたのは1600年(慶長5年)で、
江戸幕府の開府前の事でした。

当初の新居関所は今よりも東にあったそうですが、
1699年(元禄12年)に高潮被害の為に西に移り、
1707年(宝永4年)の宝永地震の際に津波で
被害を受け、現在地に移転しています。

新居関所の東側は、浜名湖の太平洋への開口部で、
新居関所から舞阪宿までは4kmの航路でした。

新居関所の西側には東海道31番目の宿場、
新居宿がありました。

この新居関所と新居宿には2011年9月に訪れました。
その際の様子を紹介します。

新居関所
(Arai Barrier)

新居関所跡はJR東海道本線の新居町駅の
西750m程の所に位置しています。

駅前を通る国道を真っすぐ西に向かいました。
しばらく歩くと、浜名湖から流れ出る
運河の様な川を渡りました。


撮影: 2011年9月

橋の南側は船着き場の様になっていました。

橋の欄干の袂には、いくつか
浮世絵が展示されています。


撮影: 2011年9月

新居宿の浮世絵なのですが、
幾つか異なる絵柄があるようです。

そして、その橋から程なく新居関所跡に着きました。


撮影: 2011年9月

訪れた当時は、関所跡の南側に冠木門がありました。
今は、この門は取り払われ、関所跡の西側に
立派な門が復元されているようです。

そして関所跡の東側は、船着き場の跡が残っていました。


撮影: 2011年9月

関所での「入り鉄砲」の改めが済んだ旅人は
ここから船に乗り、東から船でここに着いた
旅人は「出女」の改めを受けたようです。


撮影: 2011年9月

新居関所の建物です。


撮影: 2011年9月

この建物は1854年(安政元年)の大地震で大破した
建物を翌1855年(安政2年)に再建されたものです。
現存する関所建物としては日本で唯一のもので、
国の特別史跡に指定されています。

関所の建物には、「入り鉄砲出女」を改める
役人の人形が置かれていました。


撮影: 2011年9月

都合7名の役人が紋付裃の姿で座っており、
とても物々しい雰囲気です。
後の壁には弓矢などの武器も置かれています。

役人が座っている前の廊下を隔てて、
縁側の向こうには白州が広がっていました。


撮影: 2011年9月

改めを受ける旅人は、この白州で無事に
改めが終わる事を祈っていた事でしょう。

新居宿
(Arai Post Town)

新居関所跡の西側には東海道31番目の
宿場・新居宿がありました。

国道沿いに旅籠の紀伊国屋が残っていました。


撮影: 2011年9月

紀伊国屋はその名の通り、
紀州藩御用達の旅籠だったようです。


撮影: 2011年9月

紀伊国屋が旅籠屋を始めたのは江戸初期の様で、
18世紀初めの元禄年間に紀州藩御用達となり、
その後、名前を紀伊国屋と変えたと伝わります。

紀伊国屋の内部の様子です。
行燈の灯りが素敵な雰囲気を醸し出しています。


撮影: 2011年9月

こちらは奥座敷の様子です。
紀州藩主はこの部屋に宿泊したのでしょうか。


撮影: 2011年9月

紀伊国屋の先のT字路に、本陣跡がありました。
飯田武兵衛本陣跡です。

飯田本陣は天保年間には建坪196坪の記録があり、
小浜藩、桑名藩、岸和田藩などが利用したようです。


撮影: 2011年9月

この本陣は、明治に入り明治天皇御幸の際には
何度か行在所として利用されたようです。
その行在所となった建物は浜松市の
奥山方広寺に移築されたそうです。

このT字路には、他にも2軒の本陣があったようです。

旧東海道はT字路を左に折れ、南に向かっています。
旧東海道の様子です。


撮影: 2011年9月

上左写真のペットショップの所に寄馬跡の碑がありました。
公用の旅人や荷物の輸送の為、東海道の各宿場では、常に
百人の人足と百頭の馬を準備しなければならなかった様です。

ここはその人馬の寄り集まる場所でした。
往来の激しい時には助郷制度といい、
周辺の村から人馬を集めたそうです。

旧東海道から脇道に入った様子です。


撮影: 2011年9月

古い町屋が多く、当時の趣を残していました。
この一角に小松楼まちなみ交流館がありました。


撮影: 2011年9月

新居では、大正時代に入ると、新居関所跡の
南側に歓楽街が出来、最盛期には芸者置屋が
11軒あり、60人から80人の芸者が居たそうです。

小松楼は元々は紀伊国屋のすぐ南にあった建物を
現在地に移築し、建て増しを行った後に
芸者置屋として営業を始めたそうです。


撮影: 2011年9月

小松楼の室内は、先ほどの紀伊国屋と比べると
粋で艶やかな佇まいを感じます。


撮影: 2011年9月

2階には、当時の芸者が使ったのでしょうか、
三味線や小太鼓なども飾ってありました。

小松楼には最盛期には11人から
12人の芸者さんが居たそうです。

今は静かな小松楼ですが、賑やかだった
当時の様子を思い描いていました。

新居宿の西側は丘陵地が迫っていて、
そこにいくつか古いお寺がありました。


撮影: 2011年9月

こちらは新福寺です。
元々は天台宗のお寺でしたが、1596年
(慶長元年)に曹洞宗に改宗しています。

そしてこちらは、臨海院です。