安曇野
Azumino, Japan








安曇野は、古代に現在の中国南部から九州北部に
到達した海人族の安曇氏が、その後この地に
移住した事によると言われています。

JR大糸線沿線の梓橋から信濃松川辺りに
かけてを安曇野と呼ぶ事が多いようです。





北アルプスの常念岳や上高地から流れ出した烏川や
梓川などが松本盆地に流れ出た際に造った扇状地が並び、
この地形が安曇野の景色を形作っているようです。

扇状地を流れる川の水が伏流水となって地下を
流れ、扇状地の端で湧水となって湧き出し、
その量は日に70万tonとも言われています。

綺麗な湧水を用い、多くのワサビ田が作られています。
またこの安曇野では、道祖神が多い事でも知られています。


2010年10月に訪れた際の様子を紹介します。



穂高駅から大王わさび農場
(Hotaka St. to Daio Horseradish Farm)
Aug. 08, '16


大王わさび農場
(Daio Horseradish Farm)
Aug. 11, '16


碌山美術館
(Rokusan Art Musium)
NEW ! Aug. 14, '16





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穂高駅から大王わさび農場
(Hotaka St. to Daio Horseradish Farm)







2010年10月19日、前日に松本に泊まり、この日の朝は
7:48発の大糸線の電車で穂高にやって来ました。

大糸線の乗車記は
こちらです。


穂高駅はこの周辺の安曇野観光の中心駅です。


撮影: 2010年10月

穂高駅の北500mの所には碌山美術館、
東2.5kmの所には大王わさび農場があります。





穂高駅前でレンタサイクルして、
この周辺を巡っていました。


穂高駅からまずは駅にほど近い
穂高神社に向かいました。


撮影: 2010年10月

穂高神社は、安曇氏が創建したと伝えられています。
北九州の志賀島周辺を本拠としていた安曇氏は
この穂高神社周辺に移り住んだそうです。

境内には塩の道 道祖神がありました。


撮影: 2010年10月

松本平から糸魚川まで、塩の道が続いています。
その道沿いにあった道祖神が、過疎化によって
取り残された為に、ここに集められたそうです。


撮影: 2010年10月

萱の屋根をかけられた道祖神もありました。

こちらは穂高神社の本殿です。
祭神は、安曇氏の祖神・綿津見命と
その子・穂高見命、そして、瓊々杵命です。


撮影: 2010年10月

穂高神社の奥宮は上高地に、嶺宮は北アルプスの
主峰・奥穂高岳の山頂にあるそうです。


穂高神社から東に向かいます。
塩の道の国道147号線を越えると古い集落に入りました。


撮影: 2010年10月

立派な蔵や門を構えた屋敷もありました。
蔵に等々力の門があります。

この先に東光寺がありました。


撮影: 2010年10月

門の前に置かれた大きな朱塗りの下駄が印象的です。
この下駄を履いて願い事ををすると、
それが叶うと言われているそうです。

この先に、本陣等々力家がありました。


撮影: 2010年10月

松本藩主が鮭鴨猟の際に、この屋敷を
休憩所として使っていたそうです。

この等々力家を過ぎると集落を抜け、
のどかな景色が広がりました。


撮影: 2010年10月

この日は雲が出ていたのですが、晴れていれば
北アルプスの山々も眺められた事と思います。


この後、大王わさび農場に向かったのですが、
その帰り道は穂高川沿いを走りました。


撮影: 2010年10月

川の流れには梅花藻も生えており、清流であることが分かります。

この辺りは、穂高川や烏川に沿って多くの支流が流れています。
地図でみると川に沿って、いくつもの支流が流れていて、
あたり一面水が流れているような地形に見えます。





このあたりが扇状地の端に近く、伏流水が地表に現れ、
こうした流れを作っているのでしょうか。

川沿いの土手を走っていると道祖神がありました。


撮影: 2010年10月

この道祖神は「水色の時」道祖神と名前がついています。
1975年(昭和50年)に放送されたNHKの連続テレビ小説
の為に作られたものだそうです。

道祖神は村と村の境などに置かれ、村の守り神や
子孫繁栄の神として祀られているそうです。
この安曇野は、日本で最も道祖神の数が多いそうです。


この近くにはコスモスの花も咲き、
のどかで心豊かになる景色でした。


撮影: 2010年10月

やがて川沿いにも、わさび田が見えてきました。


撮影: 2010年10月

綺麗な流れが、この綺麗な景色を
生み出しているのでしょう。


この先には1913年(大正2年)に発表された
早春賦という唱歌を記念した碑がありました。


撮影: 2010年10月

早春賦は、この安曇野周辺の早春の
様子を歌ったものだそうです。



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大王わさび農場
(Daio Horseradish Farm)







穂高の駅でレンタサイクルし、東に向かって進みました。
古い集落を抜けると、田圃が広がるようになり、
寄り道しながら30分近くかけて大王わさび農場に着きました。





この大王わさび農場は、1915年(大正4年)から開墾を初め、
1935年(昭和10年)迄の約20年をかけて作ったわさび田です。



今は、レストランも併設され、多くの観光客も
立ち寄る人気スポットになっています。
入場は無料で、敷地内に入ると、
わさび田をすぐに眺める事が出来ます。



低湿地に、水の流れが幾重にも築かれ、
その間にわさびが植えられています。

植えられたわさびの上には、直射日光を
防ぐ寒冷紗が覆えるようになっていますが、
この日は曇り空で覆いはされておらず、
わさびを直接眺める事が出来ました。

農場の中を歩いていると、ここでも道祖神を見かけました。



仲睦まじい夫婦の像です。

この先には、蓼川の流れがあり、その流れに沿って
いくつかの水車小屋が建っていました。



この景色は、とても印象的でした。
ここにずっと佇んでいたい気持ちになりましたが、
わさび田を巡った後に、また戻って来る事にして、
先に進む事にしました。

大王わさび農園のわさび田は、ほぼ南北の方向に
いくつかの区画に細長く分けられています。

このわさび田は北畑と呼ばれているようです。



平日の朝まだ早い時間だったせいか、他に訪れる人もなく
とても静かな景色が堪能できました。

わさび田とわさび田とを分ける土手の上に、
再び道祖神がありました。



この道祖神はどちらも仏像のようです。

この辺りの土手の上はアルプス展望台と呼ばれ、
晴れた日には北アルプスの山々が一望出来るようですが
この日は残念ながら雲に隠れてみる事は出来ませんでした。

再び、わさび田に沿って歩いていきます。
緩やかにカーブするこのわさび田は、
大王畑と名が付いています。



大王わさび農場のほぼ中央部を南北に貫いていて
メインのわさび田になっているようです。

わさび田の中ほどにある幸いの橋の袂には
神社もありました。

その昔、大和朝廷に対し、この地を護る為に戦った
魏石鬼八面大王(ぎしきはちめんだいおう)を祀る大王神社です。



元々は、大王わさび農場の東側にあったそうですが、
大王わさび農園を拓いた深澤勇一氏がここに祀ったのだそうです。

幸い橋を隔てた反対側には八面大王が最後に
立て籠もった岩屋が再現されていました。


大王神社から眺める幸いの橋です。



幸いの橋の南側にもわさび田が伸びていました。



この農場の面積は15ヘクタール、わさびの
収穫量は150トン/年にもなるそうです。


この後、先ほどの水車小屋のところに行ってみました。



うっすらと霧が掛かったような天気で、この辺り一帯が、
より一層深い森の中にいるような感覚に包まれました。



素晴らしいこの景観に浸っていましたが、
ここは1989年に黒澤明監督が撮影した
映画「夢」のロケ地にようです。



ゆっくりと回る水車の音が響き、清らかな
川の流れに梅花藻が揺らいでいます。



日本の原風景ともいえるこの光景を
独り占めする事が出来ました。



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碌山美術館
(Rokusan Art Musium)







大王わさび農場から穂高駅に戻る途中、
ちょっと寄り道して、駅の北側にある
碌山美術館に向かいました。





碌山美術館の名前は知っていましたが、
ここが荻原守衛(碌山)という彫刻家の
個人美術館というのは知りませんでした。

敷地内に入ると、さっそく
碌山の彫刻が置かれていました。



荻原碌山は穂高出身の明治期の彫刻家で、
日本近代彫刻の扉を開いた人と言われているようです。
(碌山美術館ホームページの記載から)

蔦に覆われた碌山美術館です。



教会のチャペルのようなこの建物は
国の有形文化財に指定されています。


敷地内を歩いていると、煉瓦の壁に
文字が刻まれていました。



LOVE IS ART.
STRUGGLE IS BEAUTY.

と書かれています。

萩原碌山の人生を象徴する言葉でしょう。
高村光太郎の『萩原守衛』という題の詩もありました。



碌山美術館の建物とミュージアムショップと
なっているグズベリーハウスです。



碌山美術館は小さな美術館でしたが 趣のあるところでした。



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