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Shane旅日記
鉄道旅行へのいざない



水間鉄道
Mizuma Railway



乗車日:Jan. 29, 2007






水間鉄道は南海電鉄の貝塚駅から、
水間観音で知られる水間までの
5.5kmのローカル私鉄線です。

水間鉄道は水間観音への参拝客輸送として建設されました。

水間鉄道の歴史は、1925年(大正14年)12月24日に
貝塚南 - 名越間が開業したのが始まりです。
その4日後に、貝塚 - 貝塚南間が貨物線として、開業し、
1926年(大正15年)1月30日に名越 - 水間間が開業。
1934年(昭和9年)1月20日に貝塚 - 貝塚南間が旅客化され、
現在の営業路線が形作られました。





難波から南海電車に乗り、貝塚で下車し、
水間鉄道に乗り換えました。



水間鉄道の駅舎は、南海貝塚駅の南側にあります。

日中の運転本数は1時間に3本と
それ程待たずに乗れるダイヤになっています。

ホームに上がると、しばらくして
水間からの電車が到着しました。
ステンレス車両の2両編成電車です。



以前は東急で使われていた車両で
7000系という形式の電車です。

貝塚駅に停車中の車内の様子です。



平日の午前中に郊外に向かう列車なので
乗客は数えるほどでした。

発車して、貝塚の住宅地の間を抜けていきます。



地方のローカル線に乗っていて、こうした
住宅街の狭い間を抜けていくという
光景を良く見かけるのですが、
この光景にはゾクゾクとするものを感じます。

貝塚から二つ目の近義の里駅の様子です。



単線の線路の狭いホームに
ブロック塀という質素な駅です。
ブロック塀に掲げてあった広告が
外された様な跡があるのに淋しさが募ります。


この水間鉄道は利用者の減少や不動産事業の不振などで、
負債が140億円にも達し、2005年4月30日に
会社更生法の適用を申請しています。

この窮状を救ったのが外食産業のグルメ杵屋で、
グルメ杵屋の支援の下、2006年に会社更生計画が終結し、
新生会社として再スタートを切っているという事です。

バブルの影響もあったとはいえ、
大阪への通勤圏の路線でも鉄道事業は
危機に立たされていると思うと切ない気持ちになります。

近義の里駅を出てしばらく走ると
JR阪和線の下をくぐりました。



利用者の観点からすると、ここに接続駅があったら
便利と思うのですが、資金面や水間鉄道が
南海と繋がりが深い鉄道会社とか色々な
事情もあるのでしょう・・・

この辺りから、住宅地の間に
田畑が広がってきました。



貝塚から5つ目の名越で列車交換です。



貝塚と水間のほぼ中間のこの駅では
貝塚行きの始発と、水間行きの終電を除いて
どの列車もここで交換を行うダイヤになっています。

この写真は帰りに乗ったときに撮ったものですが、
写っている列車は1000系という最新型の電車です。


名越を過ぎると古い住宅も見えるようになりました。



線路際には名前は判らないのですが、
赤い花も咲いていました。



周囲に山並みも見えてきました。



再び住宅が増え始め、貝塚から
14分で終着の水間に到着しました。



駅構内には以前使われていた
古い車両が留置されていました。



この水間駅の駅舎は、1926年に
開業して以来のものです。



どことなくJR奈良駅の昔の
駅舎に似ているような気がします。
この水間駅の駅舎は国の登録
有形文化財に指定されているそうです。

水間鉄道、僅か5.5kmの路線ですが、
乗り応えのある鉄道でした。


水間駅から歩いて10分程の
水間寺に向かいました。

水間寺の様子はこちらです。




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