豊後竹田
Taketa, Japan






豊後竹田は大分県にある城下町です。
豊後竹田にある岡城は、「荒城の月」の
モデルになったお城で知られています。

「荒城の月」の作曲した滝廉太郎は
ここ岡城を思い浮かべ曲のイメージを
膨らませたと言われていますが、
作詞者の土井晩翠は、東北は仙台の出身で、
青葉城をイメージしたと言われています。

仙台に住んでいたこともあって、
いつか岡城跡に行ってみたいと
思っていました。


その機会が訪れたのは、1992年1月のことです。
その当時目指していたJR全線完乗を目前に控え、
最後まで残っていたJR九州 豊肥本線、
阿蘇 - 豊後竹田間を乗りに行った時のことです。
列車を乗りに行ったついでに訪れたので、
この時も慌ただしい、日程でした。




城下街らしく武家屋敷を模した駅舎の
豊後竹田駅を出て、タクシーで岡城を目指しました。

昔乍らの佇まいを残した竹田の街を抜け、
タクシーは岡城を目指しました。
途中で切り立った崖の脇を通ったのですが、
ここに隠れキリシタンの遺跡が有るようです。



僕は宗教とか、信じない方ですが、
人里離れた崖を掘って、十字架を安置し様とした、
当時の人の信仰心の篤さに、心を打たれました。


タクシーは更に山に分け入り、
やっと岡城跡の入り口に辿り着きました。

ここから歩いて天守閣のあったあたりを目指しました。
登り坂が急で、ちょっとしたハイキングです。
岡城跡は、石垣が残る程度で、
建物は殆ど残っていなかったように記憶しています。

この日は、天気がよく、岡城の跡からは思いのほか
眺望が効き、冬だというのに、深い緑が幾重にも連なる
山並を眺める事が出来ました。




♪春高楼の花の宴、めぐる杯、陰さして、♪
遠い昔、このお城の上で、この景色を見ながら、
この地の平定を願った、あるいは己の征服欲を
満たそうとしていた一国一城の主がいたんですね。
この景色を見ながら、そんな感傷に浸っていました。



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