斎場御嶽
SefaUtaki, Japan


御嶽は、沖縄各地に分布している聖地ですが、
斎場御嶽は、その御嶽の中でも、
最も神聖な場所だそうです。

琉球王朝時代に国府が整備した
格式高い祭祀場だったそうです。

この斎場御嶽には6箇所の神域(イビ)があり
そのうち大庫理、寄満、三庫理の3箇所は、
首里城の部屋と同じ名前が付いているそうです。

首里城の様子はこちらです。


撮影: 2008年7月

こうした事からもこの斎場御嶽と
琉球王国との繋がりは深かったと
考えられているようです。

また琉球最高の神女、聞得大君の
就任の儀式「お新下り」もこの
斎場御嶽で執り行われたそうです。

斎場御嶽に向かう途中に眺めた沖縄の海です。


撮影: 2008年7月

夏の青い海と空に囲まれた、この景色の
すぐ近くに斎場御嶽はありました。

琉球最高の聖地である斎場御嶽は
2000年に世界遺産に指定されています。
斎場御嶽の手前にあるこじんまりとした
展示館を抜けると世界遺産の記念碑がありました。


撮影: 2012年7月

冷房の効いた展示館から屋外に出ると
湿度の高い粘りつくような熱気が襲ってきました。

深い木々の間を抜けて斎場御嶽の中に入っていきました。


撮影: 2012年7月

しばらく進むと、右手にウローカーと呼ばれる
泉への道が分かれていますが、
この道は立ち入り禁止になっていました。

当時は、ウローカーでみそぎをして
斎場御嶽に入ったそうです。

その先に急な石畳の坂道が見えてきました。


撮影: 2012年7月

2008年に訪れた際、ここは滑りやすく、
石坂を上るのに注意が必要でしたが、
2012年に再訪した際には、木製の
階段が作られていました。

この坂道を登ると、青い太平洋が見えてきました。


撮影: 2008年7月

ここは、御門口(ウジョウグチ)と呼ばれる参道の入り口で
神社に例えると、拝殿にあたる場所だそうです。


撮影: 2012年7月

この御門口から奥に入る事が出来るのは
王府の関係者に限られていたそうです。
御門口の脇には六ヶ所の拝所を示す香炉が置かれ、
一般の人はここで拝んだそうです。

御門口から木々の間を更に奥に入っていくと
大庫理(ウフグーイ)と呼ばれる拝所が見えてきました。
大庫理は、首里城正殿の二階部分と同じ名前だそうです。


撮影: 2012年7月

南国の木々の間に巨石が現れ、
その巨石の根元が拝所だったようです。

ここでは聞得大君のお新下り儀式で
「お名付け」と呼ばれる霊威づけの
儀式が執り行われたそうです。

大庫理(ウフグーイ)から更に
御嶽の奥へと向かって行きました。


撮影: 2012年7月

三叉路を右に折れ、
三庫理(サングーイ)へ向かいます。

再び巨石が現れました。
下右の写真に二本の鍾乳石が見えています。
その鍾乳石から水が滴る所にはシキヨダユルアマガヌピーと
アマダユルアシカヌピーと呼ばれる壷が置かれていたそうです。


撮影: 2008年7月

その左手には「貴婦人様御休み所」があり、
左手、一番奥には巨石に三角岩が寄りかかっていました。


撮影: 2012年7月

巨石と三角岩の間に三角形上の空間が出来ていました。


撮影: 2008年7月

この空間の突き当りが三庫理(さんぐーい)、
その右側がチョウノハナという拝所です。

巨石に囲まれた三角形上の空間は
不思議な厳かさを感じました。

この隙間を抜け三庫理(さんぐーい)に向かうと
その左手には、神の島・久高島を拝む
久高島遥拝所がありました。


撮影: 2012年7月

多い茂る木々の葉の間にぽっかりと
空間が広がり久高島が見えていました。


撮影: 2008年7月

太陽が昇る方角にある久高島は
「神の島」と言われています。

琉球王国時代、重要な儀式が行われた際には
久高島から聖なる白砂を運びいれ、
斎場御嶽に敷き詰めたそうです。

久高島遥拝所を眺め、三角岩の作る
空間を抜けようとした時の様子です。


撮影: 2008年7月

大きな岩の隙間に差し込む光が
神秘的でした。

三庫理から三叉路まで戻り、
その奥の寄満(ユインチ)に向かいました。

杜が深く、寄満へ向かう細い道の
両側まで木々が迫っています。


撮影: 2008年7月

深く生い茂った木々で青い空も
隠れてしまっています。

その杜の中に砲弾池という池がありました。


撮影: 2012年7月

第二次大戦中、この斎場御嶽に艦砲射撃がなされ
窪んだところに水が溜まって出来た池だそうです。

琉球の聖地、斎場御嶽も戦争に
巻き込まれたとは痛々しい限りです。

その杜の木々の切れ目に
大きな岩の切れ目が見えてきました。


撮影: 2012年7月

この岩の周囲を回るように進むと
寄満(ユインチ)に至りました。


撮影: 2012年7月

寄満は、首里城の台所の名前で
国王の為の厨房を意味するそうです。

ここは貿易が盛んだった琉球で
「豊穣の満ち満ちた所」と
考えられているそうです。

ここにも鍾乳石があり、洞窟のような
巨石の窪みは、他の拝所と同じ様な地形です。

昔の琉球の人々は、こうした地形に
神が宿ると感じていたのでしょう。

多くの拝所のあるこの斎場御嶽は、
今でも多くの人々から崇拝されているそうです。

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