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Shane旅日記
鉄道旅行へのいざない



くりはら田園鉄道 (石越 - 細倉マインパーク)
Kurihara Rural Railway (Ishikoshi - Hosokura Mine Park)


乗車日:May 02, 1994





くりはら田園鉄道は宮城県の石越と
細倉マインパークを結ぶ25.7kmの私鉄です。


終点の細倉マインパークは栗駒山ろくの鉱山で、
昔はここからの銅や亜鉛を運搬するのが目的でした。

ところが主力の細倉銅山からの輸送が途絶え、
またおきまりの様にモータリゼーションや、
過疎化で輸送人員も低下し、という状態で、
存続の危機に瀕しています。

そこで細倉銅山にマインパークという
アトラクション施設が出来た時に、
200mほど路線を延長して、
少しでも観光客を呼び込もうと
涙ぐましい努力をしている様です。

僕が乗った1994年当時は、
栗原電鉄という昔の名前でしたが、
その後、くりはら田園鉄道と名前を変え、
地域密着型の経営を目指しているようです。


くりはら田園鉄道の始発駅石越は、
仙台から東北線の普通列車で北上して、
1時間10分程のところにあります。

石越の近くには、伊豆沼があります。
ここは冬に白鳥が飛来することで有名です。
石越はこのあたりの中心都市と思うのですが、
駅前はひっそりしていました。
東北新幹線も止まらず、
地盤沈下してしまったのでしょうか。

くりはら田園鉄道の石越駅は、
JRの駅舎と道一つ隔てたところにあり、
JRの駅よりも更に寂びれた感じでした。



電車が発着する線路も一つしかなく、
狭いホームの先に、少々色の褪せた
一両編成の電車がポツンと止まっていました。

ゴールデンウィーク中の平日の午前中に、
郊外に向かう列車なので、車内は空いていて、
ロングシートの座席に5人ほどの人が
座っているばかりです。


発車してすぐ、車両基地を過ぎると
まわりは広々とした田園地帯です。
米どころ仙台平野の真っ只中で、
丁度この時は田植えの前の時期で、
田圃には水が張られていました。
桜も咲いていて、日本の原風景といった感じです。



列車はこの景色の中を走って行きます。
くりはら田園鉄道という名前がぴったりです。

沢辺、栗原と中核となる駅を過ぎ、
次第に乗客の数が少なくなってしまいます。
車窓には、遠く栗駒山の姿が見えてきました。

鶯沢の駅を過ぎると、山間となり、
狭い谷あいを走る様になり、石越から50分程で
終点、細倉マインパークに着きました。



細倉マインパークの駅舎はペンション風の青い屋根で、
昔貨物輸送に活躍した赤い電気機関車が
駅のはずれに展示されていました。


石越からの電車は、5分ほどで折り返してしまいますが、
このまま直ぐ引き返したのではもったいないので、
一本遅らせることにしました。

まず鶯沢町が運営する鉱山資料館に向いました。
細倉マインパークの駅を出て、
寂びれた細倉の町を抜けると、
禿山を背に細倉鉱山が見え、
鉱山資料館はその向かいにありました。

訪れる人は他に誰もおらず、
休館中か?と思うほどひっそりとしていました。

駆け足で資料館を見学し、駅に戻ったのですが、
次の列車までまだ時間があったので、
旧細倉駅まで行ってみました。

マインパーク駅から旧駅のあたりが見渡せ、
わずか200m程しか離れていない様です。
線路伝いに行くのは憚られたので、
通りに沿って行ったのですが、
こうして歩いてみると思ったよりも遠く、
道を間違ったかな、と心配になりかかった頃、
旧駅に向かう通り道が見えてきました。

古い駅舎は残っていましたが、
地場の工場に使われているようです。
工場の敷地気兼ねしながら抜け、
昔のホームの後に出てみました。



山合いから赤茶けた2本のレールが延び、
絵になる景色でした。


細倉マインパークからの帰りは
途中下車しながら戻って来ました。

まず栗駒駅です。
くりはら田園鉄道の主要駅の一つなのですが、
駅前はやはり寂れていました。
駅には、乗って残そう孫子の為に
という垂れ幕が掲げられていて、
その昔、国鉄の閑散線での光景と全く同じでした。

そんな栗駒駅から小さな街並みを
歩いていたら小学校に出ました。
懐かしい木造校舎の教室です。
校庭の桜は丁度満開で、
鯉幟も掲げられていました。




そして細倉マインパークの方に戻り、
尾松という駅で下車しました。
集落の外れにある小さな駅で
近くに見所も何も無い駅です。

電車を降りたのは僕の他には、
地元のおじさん一人だけでした。





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